君のその手を
□22章:見上げれば、
2ページ/6ページ
カチャリと玄関の鍵を開けて扉を開くと照明が点いていた。
…その灯りが洩れてきた途端一瞬ホッとしたのだが、廊下の先に続くリビングには灯りが点いておらず、『おかえりなさい』の声も聞こえないシーンと静まりかえったその雰囲気に直ぐに落胆の心情に陥った。
下駄箱を開けてみてもやはり渚のブーツが無い。
そして下駄箱脇にある収納スペースに置いてある筈のフルフェイスのヘルメットやグローブ、そしてツナギまでも見当たらず“あのバイク”に乗る時のアイテム全てが無い事を視認した途端ザワリと悪寒に似たモンが背筋に走った。
…マジでフル装備だしよ――。
…まぁここ数日、雨雪は降ってねぇから路面状態は大丈夫だとは思うが――。
心配ゴコロが着実にMAXに向かって増えていくのを感じながらリビングの扉を開けて照明のスイッチを点けるとまず、食卓テーブルの上に夕飯の準備が二人分用意されているのが目に付いた。
――とりあえずプチ家出ではないらしい。
その二人分のランチョンマットのうえに並べられたスプーンと箸を見て心配ゴコロのゲージが心持ち少し減り、もう少し待っていればじきに帰ってくるものだと自分に言い聞かせる。
…だがやはりどうもソワソワして落ち着かない。
脱いだコートを食卓の椅子にバサリと掛け、冷蔵庫から取り出してきた缶ビールを片手に外の音に耳を澄ましたり意味もなくウロウロしたりと、らしくないとは分かっててもそれはどうにもならなかった。
結局、暫し渚の帰りを待つことにし、ソファに凭れながらリモコンで暖房器具のスイッチを入れる。
そしてその時、ふと視界に入ったモノに2つ目の違和感を感じた。
…なんでアレだけ残ってんだ――?
――それは先日渚に『仕舞っといてくれ』と頼んだ古い医学テキスト。
確か全30巻くらいあった筈のモンだが、何故か数冊だけすぐ側にある段ボール箱にも入れられないまま床の上に取り残されている。
途中で止めてしまったんだろうが、几帳面な彼女の性格を考えても、テキストは角角で揃えられてるのに箱にも入れられず残されてる状態はやはり不自然。ソファに一旦沈めた身体を起こして本棚の前にしゃがみこんだ。
ただ単に重いから途中で疲れて止めてしまったのか…?
ギックリ腰になったとか…?
…イヤイヤ、それじゃバイクなんて乗れねぇだろうし――。
それでも結構な重労働だったかもしれない。段ボールに詰めたらそのまま置いとけ、って言っとけば良かったなぁ…なんて今更思いながら手に持っていた缶ビールを床に置き、残っていた色褪せたテキストを何気無しに手に取りパラパラと捲る。
あー…ココ、マジで懐かしいなぁ…最初はちんぷんかんぷんなコトばっかだったけどなぁ――
――遠い昔、自分が書き込んだ赤い字やマーカーでなぞった跡が沢山残されたページを見れば懐かしい記憶が甦ってくる。
更にページの隅にはパラパラ漫画チックな落書きが書き込まれていて、講義中に書いたモンにしては出来が良いのと、『真剣に講義を受けろよ、俺』と昔の自分に突っ込みを入れれば思わず吹きだしてしまっていた。
書いた時の事は憶えていないが、その時の俺は余程サーフィンに行きたかったらしい。棒人間が大波に乗りに乗りまくっていた。
――そして最後のページまでパラパラ漫画を見終わった時、裏表紙のトコに挟んであった1枚の写真に気付いた――。
――嗚呼ホント懐かしいなぁ。そういやぁこんな写真撮ったっけ――
無くしたとばかり思ってたのに、こんなトコに挟んだままだったのか――
…つーかいつ見てもスゲェ仏頂面してやがる。
『…長曽我部。気安く我に触るでない。』
『いいじゃねぇか、もうすぐ卒業すんだからよぅ。最後くれぇ一緒に写真撮ろうぜ。』
『…馬鹿がうつる。』
『なんだとテメェっ!?』
『馬鹿を馬鹿と言ってなにが悪い。浮かれてる場合ではないであろう。我らはこれからがスタートなのだぞ。』
『…ケッ。いつまでも固ぇ野郎だぜ――。』
――いつも辛辣なコトしか言わねぇし、ホント気に食わねぇヤツだったが、大学の卒業間際にアイツが俺に寄越した“写真裏のメッセージ”は今でも忘れちゃいない――。
.