君のその手を
□21章:私の知らない貴方。
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――先生のマンションへの引っ越しが完了して数日経った。
まだ少し慣れていないこの広い空間の中で一人きりの夕食を摂りながらリビングを見渡す。
先生は当直で今晩帰ってこない。
私も明日は日勤だから顔を合わせるのは明日の夜になるだろう。
初めてこの家で夜を一人で過ごす――。
テレビをつけていてもただ眺めているといったカンジで見てたし、内容もイマイチ耳に入ってこない。
ふと時計を見上げても寝るには早い時間だった。
…寝る前に少し片付けちゃおうかな――。
夜が更けていくにつれて増えてくる寂しさを少しでも紛らわせたくて何かに没頭したい気分に駆られる。
“何か”をしてないと落ち着いてられない気がした。
でも確実に没頭できる対象であるバイクのメンテナンスはシーズンオフとなった時に3台ともキャブレターをオーバーホールして清掃したばかり。
ちらほらと雪が降るようになったり道路が凍結したりする今時期はマンション屋内の駐車場で3台仲良くバイクカバーを掛けられて冬眠してもらってる。
今は私も先生も車通勤だ。
…となると引っ越しの延長というか続きをするという案が残っている。
自分が運んできた荷物の荷ほどきがいくつか残ってたから、一人きりで簡単な夕飯を済ませた後早々に取り掛かることにした。
夕飯の後片付けを終え、寝室の隣の部屋にとりあえず置いてあったいくつかの箱の中からまず『書籍』と走り書きしてある段ボールを両手で抱え上げ、リビングへと運ぶ。
「…ふぅ。…さてと。」
『ココからココまでの範囲のやつはもう古くて読まねぇから床に下ろしとくな。で、悪ぃけど後でダンボールに詰めといてくれねぇか?空いた本棚のスペースにはオマエの本とか入れとけよ。一気にやると腰痛めっからな、疲れない程度にやれよ。…あと椅子から落ちんなよ?…あと、早く寝ろ。』
何かと心配性な先生の言葉を思い出しただけで自然に頬が緩んでしまう――
…だけど間違っても怪我なんかできない。
どっか痛くなっても非常に言い難い。
…ホント気を付けねば――。
リビングの一辺の壁一面を占拠するくらいの大きな本棚には医学書の他にも小説やマンガなどがズラリとキレイにならんでいる。
その上にはコレクションケースが。
性格や物言いは豪快というか結構大雑把なカンジだけど、仕事やこういう整理整頓の面に限っては几帳面だなぁって思う。
先生が切るお刺身の切り幅は物差しで測ったように均等だし、少しでも包丁の切れ味が悪いと感じるとシャーコシャーコと研ぎ石で研ぎだす。
切れ味は絶対に妥協しないというトコなんて一種の職業病と言えるかもしれないし、まだ見たコトないがきっと縫い物系も私より上手なような気がする。
…今度頼んでみようか。
…んじゃ、まず椅子置いてっと。
先生が空けてくれた本棚のスペースは少し高い所にあった。
先生には楽々届く範囲でも私には椅子を使わねばちょっとキツい位置。
まぁでも頻繁に手にとって見る訳でもないからその位置に不服はなく、私が持ってきた看護関連の書籍をダンボールから取り出して棚の上方へと詰めていった。
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