幸せは繋いだ手の中に
□世界の畔(ほとり)で。
1ページ/3ページ
※元親先生の19章とお話がリンクしてますm(__)m
…あれれ?何かおかしーなぁ。
…うーん、またか。
…身 体 が 動 か な い――
ふと感じた圧迫感に、微睡みの意識のままで寝返りしようと身体を捩ろうとしたのだが何故だかそれは叶わなかった。
だが身体全体は丁度良い暖かさに包まれていて、フワリと香る匂いと共に少しだけ浮上しかけた意識をまた深い所へと誘おうとする。
…なんかいつもの金縛りとは違うけど、また半兵衛さんの仕業――「…失礼だね君は。僕は何もしていないよ。」
…思いっきり近くにいるじゃないですか――。
――いつも渚さんの“後ろにいる”半兵衛さん。
最初はね、気付かないフリしてた。だって悪そうじゃなかったから。むしろ渚さんを守ってる人(っていうのもオカシイが)みたいだったから放って置いたんだけど、やっぱ無意識のうちにチラチラと見てたのがバレてたようで。
『…ねぇ、君には僕が見えてるよね――?』
…と渚さんの後ろからスーっと離れて私に話し掛けてきたのが始まりと言えば始まり。
素知らぬフリを決め込んでももう時すでに遅かった。
それからは渚さんと一緒に居る居ない関係なく、こんな風に突拍子もなく私の近くに現れてはイジり倒し、満足そうに意地悪な笑みを浮かべながらまたスゥ…っと消えていくこの人。
今じゃ良い人(霊)なんだか悪い人(霊)なんだかよく分からない。
…けど何故か最近私の恋愛ゴトの相談をしていた相手は渚さんや元親先生よりも半兵衛さんのほうが圧倒的に多かった。(といってもムチ打つようにビシバシと焚き付けられてた気がするが)
「…で、どうしたんですか?今日は。」
「どうもしないよ。面白いから見てただけさ。」
『面白いから』って…いやいや、私今寝てるハズなんですけどね…?
しかもいつもよりかなり飲んでしまったから身体も思うように動かないんですよ。
こうして半兵衛さんと話してるだけでも正直結構キツいんですよ。
「…もぅ。半兵衛さんったら相変わらずですね。」
「驚いた、僕にそんなコト言うんだ?色々相談に乗ってあげたのに君はそんなコト言うんだ?へー、上手くいったのは誰のお蔭か言ってごらんよ。」
「うっ…、…半兵衛サン、デス…。…でもホントは知ってたんですよね?昔、私と政宗さんに繋がりがあったコトとか…。」
「うん、知ってたよ。まぁ君達が出逢うのは運命だったとしても、それをハナッから教えてたら面白くないだろう?とりあえず僕は居ない存在なんだしさ。」
そうなのだ。
実は“あの時”、洗面所に居たのは私と政宗さんだけではなかった。
政宗さんの背後には半兵衛さんが居た。…そりゃもう背後霊のようにヒョコっと覗き見てて。
「『背後霊』ってホント失礼な事言うね君は。僕が居なかったら君は今頃後悔していたと思うけど?自分の気持ちを押し込めてしまうトコだったじゃないか。」
「…そう、ですね――(てか心読まれてるし)。」
いつも――
いつも『君って変わってるね』とか『そんなんじゃ結婚どころか彼氏すら出来ないね、ハハハ。』って言ってた半兵衛さんは――
いつも『趣味も古風だけど、恋愛ゴトに関しては突出して天然記念物並みだね』なんて意地悪なコトしか言わなかった半兵衛さんは――
『――紗織、今の君の気持ちを正直に話してごらん。何も飾らなくていい。素直に君の言葉でね――…きっと伝わるから――。』
――あの時、洗面所のドアをすり抜けて現れた半兵衛さんは政宗さんの後ろに立ち、私に向けてそう言ってくれた。
だから私は言えたような気がする。
政宗さんに『好きです』――と、その時の気持ちをそのままに。
「…ねぇ半兵衛さん。渚さん結婚するんだって。知ってました?」
「何だい藪から棒に。知ってるに決まってるじゃないか。僕はいつも渚の側に居るんだから。」
「…寂しく…ないですか?」
「…まぁ正直なトコ、寂しくないって言ったら嘘になるね。でも僕はこんな身だし、現に渚に僕は見えていない。だから僕は僕の代わりに渚を幸せにしてくれる人を選んだんだ。むしろ渚の結婚は僕にとっては喜ばしいコトだよ。」
「…優しいですね半兵衛さんは。死んじゃったのが惜しいですよ。」
「僕の優しさに今頃気付くなんて馬鹿だね君は。それに死んだ人間に対して惜しいなんて言うモンじゃない。皮肉だよそれ。僕は死にたくて死んだワケじゃないし、生き返れるものなら生き返って渚と結婚したい。…でももうそれは叶わないんだよ。」
「…ですよね。悪気があって言ったワケじゃないんですが…ゴメンなさい――。」
「…フッ、悪気が無いっていうのは分かってるさ。そういう正直なトコは君の良い所でもあるんだし。」
この世に留まってしまう半兵衛さんのような人はゴマンといる。
それぞれが抱く想いが強すぎて、かつて生きていた世界から離れられなくなっているのだ。
それが怨みだったり悲しみだったり愛情だったりとそれは人それぞれだし、不運な死に方をした人は死んだことにすら気付かぬままさ迷っていたりする。
そして半兵衛さんは明らかに渚さんへの愛情を絶ちきれなかったコトがこの世に留まってる理由だと思う。
いつだって渚さんの側にいるから。
…だけど最近時々ではあるけれど渚さんを寂しそうな瞳で見ている時があった。
そして今日、元親先生と渚さんが結婚すると聞いたとき、半兵衛さんのあの瞳の理由が分かった気がした。
…もうすぐ半兵衛さんは私の目にも見えなくなるかもしれない。
そう予感しただけで途端に悲しくなった。
良い事だとは分かっているのに――。
「…困ったな…優しいのは君のほうじゃないか。こんな不確かな存在の為に情を沸かせるなんてホント馬鹿だね…。ねぇ紗織、僕の為に泣いてくれるのは嬉しいんだけどさ、君の彼が心配するよ?『俺の紗織を泣かせやがってっ!!』って恨まれるのはゴメンなんだけどなぁ。」
「…うん。大丈夫。起きたらまた普通通りにしますから…。」
「…いや、だからね、多分起きたら君は普通じゃいられないと思うよ。っていうかもう気付かれてると思うけど。…んじゃまぁ何事も経験だから頑張ってね。」
「…はい?『普通じゃいられない』って…?『何事も経験』って何…? …半兵衛さーん!?また言い逃げ―― …。」
そうして意味深な言葉だけを残して半兵衛さんの気配は消えてしまった。
もうっ…また急に居なくなるんだから…――。
「…どーした…」
ん…?
あ、れ…?
.