幸せは繋いだ手の中に
□真冬に咲く向日葵。
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俺が今目の前にしている扉の向こう側からはずっと水の流れる音が聞こえていて――
そしてその扉のドアノブに手は掛けているものの、そこから先に進めぬまま、俺はその場に立ち尽くしていた――。
――いつまでも洗面所から戻って来ない紗織を心配した元親から、
『謝るなら俺達じゃなく、ちゃんと紗織に謝ってきやがれっ!!』
とリビングから半ば強引に追いやられてしまいココにいるのだが、謝るにしても何て言っていいものかと途方に暮れていた。
…素直にゴメンの一言で済むような程度のコトだったなら良かったのに――と本気で思ったが、今このタイミングで言わなけりゃ、誤解は誤解のままで終わってしまうのは分かってる。
分かってはいるが――
もうきっと紗織は俺を見てくれないんじゃないかと――
笑ってくれないんじゃないかと――
そう思うくらい、部屋を出ていった時の――、俺を見た去り際の視線はずっと胸に突き刺さっていたんだ――。
だが、水の音が止まったその時――
俺は意を決してドアノブに掛けた手に力を加えた――。
カチャ…――
「紗織…――」
「…?ぁ…、政、宗さん…――。」
静かにドアを開けて目にしたのはタオルで顔を拭っていた紗織。
…だが、目は合ったもののすぐに視線は反らされ――
手にしていたタオルで顔を隠しながら背を向けられ――
大きく広がっていた襦袢の肩口をサッと戻した――。
俺の胸はまた痛みを増した。
…そしてふと足元へ視線を落とすと、さっき一番上に着ていた振袖は帯と共に床に散らばったまま。
この場所に来たときの紗織の心情がそのまま残っているように思えた。
その脱ぎ捨てた着物を畳むとか仕舞うとかをする前に真っ先に化粧を落としたのが分かる。
…俺が“あんなコト”を言ったから――。
「sorry,紗織…オマエがせっかく――「いいんです。…もういいんです。私のほうこそスミマセンでした。思い上がってたみたいで――。」
謝罪の言葉を口にすれば、その俺の言葉は途中で遮られ、逆に謝られた。
しかも背は向けたまま
タオルに顔を埋めたまま
…だが、僅かにその背は――
声は――
震えていた――。
「紗織…、俺が悪かった…――何も知らねぇであんなコト言っちまって…――。」
「いえ…大丈夫です…私のコトは気にしないでください――。」
「…そう言うならコッチ向いてくれ。ちゃんと謝りてぇから――。」
「…だからもういいって―― …っ!?」
その紗織の背の震えを俺の手で止めてやりたい
俺が原因なのだから、止めなきゃいけない――
それに言葉だけじゃ伝えきれないと――
後ろからそっと近づき、紗織の両肩に手を乗せ、グイッと俺の手前に身体を引き寄せた。
途端、腕の中でもがきながら暴れだした紗織の身体を逃がさぬように囲う腕の力を強めた。
「ンなら、泣きながら『もういい』なんて言うんじゃねぇよ…――。」
「政、宗さんっ…!!離して…っ!!私はこういうコトはしていないってさっき言「…ちゃんと分かってる。誘ってるワケじゃねぇ――。」…ぇ?」
紗織は俺のこの行動を誤解し即座に拒否。
だが、それは誤解だとハッキリ口に出せば、ピタリと紗織の動きが止まり、強張った身体の力もフッと少し緩んだ。
「分かってっからちゃんと謝りたくて来た。…ホントに悪かった。事情とか知らねぇで軽はずみなコト言っちまって。…正直に言ゃあ…まぁ嫉妬、…したカンジ、か――。」
「『嫉妬』って、何に…?」
そして、ふいに顔を上げて斜め上を振り向いた紗織の目はやはり仄かに赤く染まっていて――
それを間近に見下ろした俺は腕の囲いを少し緩めた――。
「紗織…少し話、できるか?」
「ぁ…、はい…――でも、ちょっと近すぎるので少し離れてもらっていいですか…?ホントにこういうの慣れてないもんで…」
「Ah?…あ、悪ぃ…。」
紗織がクルリとゆっくり身体を反転させて俺の胸をやんわりと押したのと同時に、腕の囲いは両手を挙げてパッと解除。
最初は解くつもりなんてなかったのになんとも呆気なく解放してしまった。
…だって振り向いた紗織の顔を覗き込むように盗み見た頬の染まり具合が目の赤さ以上に尋常じゃなかったんだ。
そして紗織はスッとその場に正座し、『どうぞ』と目の前に手を伸され、そこに座れと促される。
一瞬躊躇したが、まぁリビングに戻ったって元親の要らぬチャチャが入るだろうから2人きりで話をするにはココのほうが都合がいいか、と俺もその場に座り込んだ――。
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