幸せは繋いだ手の中に

□真冬に咲く向日葵。
2ページ/6ページ







…他人が端から見ればなんでこんなトコで?と素で突っ込みたくなるだろうが、正座で向かい合って座ってる俺達にすりゃ至って真面目な話をしている。


正座なんて小十郎に説教される時以外は殆どしたことがなかったのだが、目の前に座ってる紗織が正座しているモンだから釣られてなんとなく。

それにココが洗面所であるというのに然程気にならないのは俺の話を紗織が真っ直ぐな視線を寄越しながら聞いているのと、紗織の話も俺が真面目に聞いているからなんだろう。

…だから尚更、正座は解けずにいた。





俺が『軽く事情は元親達から聞いたが、もう少し知りたい』と伝えると、紗織は『ホントに先程のコトは誤解なんです』と前置きしてから詳しい事情をポツリポツリと話し出し、俺は相槌交えながら静かに聞いた。





――紗織が日舞の師範である母の元で舞踊を始めたのは3歳頃。

そして14歳の時に名取となり、“向日葵”の名を日舞の世界で名乗るようになったという。



――その名は俺が紗織に抱いていた花のimageそのもので、聞いた瞬間ハッキリ言って驚いた。

きっとその名を付けてくれた師匠である紗織の母親も今の俺と同様、紗織に対して同じimageを浮かべてたんだと思う。


紗織は『母のお弟子さんで名取になった方はみんな花の名前をもらってるのですが、私の場合夏生まれだから単純にその名前なんだと思います。』…なんてコトを言ってたが、色んな花の種類を思い浮かべてみてもその花の名以外はやはりしっくりこない気がする。



大地から茎を伸ばし、

天を仰ぐように葉を広げ、


開いた大輪の花は、真っ直ぐに太陽を見つめる――。






「…イイ名前をもらったな。俺はオマエにピッタリの名前だと思うぜ?」

「ぁ…、そ、うですか…?」



そう言ってはにかんだ表情を見せた紗織は、やはりどこかあどけなさが残っている無垢な顔。

笑顔を取り繕う、とかそんな感じは全然しなくて、感情がそのまま表情に現れてるようだった。


だからだろうか。

紗織の感情と言葉はそのままdirectに俺のトコに届いて、簡単に胸を痛めさせたり、その痛みもたちまち消してしまう。





そしてその、化粧を落としたての素顔はホントに透明感のある肌で――



触れてその感触をこの指先で知りたい、と膝の上に置いた手が10pくらいの間隔で出たり戻ったりしていた。


…でも今はまだ我慢だ。








「…で、お袋さんはすっかり良くなったのか…?」

「ええ、今のところコッチに定期的に検査を受けに来ていますが再発はないようで元気にしていますよ。」

「…?…仙台の病院じゃなくてわざわざコッチに来んのか?」

「そうなんです。仙台で治療を受けた時の主治医の先生がコッチの病院に転属になっちゃって、その関係でそのまま同じ先生に継続して診てもらってました。やっぱ初期からの経過を把握してる先生のほうがイイですし。だからそういう理由もあって私は仙台を出てこの街周辺で就職口を探したんですが、運良くその先生がいる今の病院に採用してもらえまして。3ヶ月に1度は検査も兼ねてコッチ遊びに来てますよ。それにもう今はすっかり元気ですし、診療予約を入れる前に歌舞伎のチケット取って、今お付き合いしている方とデートしてます。」




『病気になる前より元気になっちゃって困ってるんですよ。』と言ってまた笑った紗織。

単純に見りゃ苦笑いとも取れるが、きっとその胸の中には安堵のような想いと嬉しさで一杯なんだろう、って思えるようなそんな笑顔だった。





「Hum…お袋さんは彼氏居んのか。」

「ええ、私が小さい時から知り合いだった方で、私も良く面倒見てもらいました。お座敷にも私の応援がてら遊びに来たりしましたね。母とお付き合いという形になったのは最近ですが、とても優しくて素敵なおじ様です。」

「『小さい時から』って、相当長くね?そんなカンジならすぐに再婚とかになんねぇのか?」

「ん〜…それがね、『紗織が結婚するまでは、てるさんと再婚しないから』…って母が――。…てるおじ様も『それでいい』みたいなコト言ってて――。」

「…そりゃ相当なpressureを押し付けられてんなぁ。お袋さんと“てるおじ様”に。」

「…ンだからそれが最近の悩みなんです。」



あぁ…こりゃ相当困ってんだなぁ――と分かるくらい、頭を抱えた紗織に浮かんだのは本物の苦笑いだった――。






…にしても『てるおじ様』って――


『ま』『さ』『か』



…だよなぁ――。







∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

ムダな補足ですが、紗織さんのお母さんの主治医は明智先生(血液内科)です。血に詳しそう&好きそうだから(笑)


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ