幸せは繋いだ手の中に

□誤解と嫉妬。
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――若むらさきにとかえりの花をあらわす松の藤浪


人目せき笠塗笠しゃんと振かかげたる一枝は


紫深き水道の水に染めてうれしきゆかりの色に


いとしと書いて藤の花ええしょんがいな――









真っ白な化粧に目尻と唇に赤い紅。

黒赤に藤の柄があしらわれた裾引きの振袖を着て、塗笠に大振りな藤の枝を持った紗織が俺の目の前で静かに、…そして藤の簪をシャラン…シャランと鳴らしながら艶やかに舞う。




――出てきた時からもうその姿に釘付けだった。

これ程までに心引き込まれ、魅了された事があっただろうか――



その紗織が立つその“一画”だけがまるで舞台の様。

一瞬でその場の空気を変え、胸が早鐘を打ち始めた――。






裾もほらほらしどけなく

鏡山人のしがよりこの身のしがを

かへりみるめの汐なき海に娘すがたのはづかしや

男ごころの憎いのはほかのおなごに神かけて

あはづと三井のかねごとも堅い誓いの石山に

身はうつせみのから埼やまつ夜をよそに比良の雪

とけて逢瀬のあた妬ましいようものせたにゃわしゃのせられて

文も堅田のかただよりこころ矢橋のかこちごと

松を植よなら有馬の里へ植えさんせ

いつまでも変わらぬちぎりかいどりづまでよれつもつれつまだ寝がたらぬ

宵寝まくらのまだ寝が足らぬ藤にまかれて寝とござる

あぁ何とせうかどせうかいな

わしが小まくらお手まくら






空もかすみの夕照りに名残惜しみて帰る雁金――












…あぁ、もう終わってしまったのか――

締めの文句と同じでなんとも名残惜しい――。






「…やっぱ紗織ちゃん何度見てもスゴイって思う。流石師範の腕前だわ…。」
「だよなぁ。…ってオイッ政宗っ!!起きてっか!?」



「…、…、ha!?」



起きてた、けど…、

終わったんだけど…、


何を喋ればいいのか思い付かないくらい動揺している。

紗織がこんな特技を持っていたなんて知らなかったというのもあったが、ちょっとドコロじゃないくらいsurprise過ぎんだろ“コレ”は――。





「…政宗さん、お気に召さなかったですか…?」



――ha…?

そんな踊りを踊っといて何を言う?




「…いやそんなコトねぇよ。…ホントいいモン見させてもらった。何も言えねぇくれぇexcellentな演技だったぜ。」


「あ〜良かった…。政宗さんがあまりにもジッと見てるからもー、どんどん緊張してきちゃって…。ホントはもっと曲が長くて2回衣装替えする演目ですし、お化粧ももう少し丁寧にするんですけどね。…でも、そう言っていただけて良かったです。」


口許に手を添えてクスッと笑った紗織は塗笠と藤の枝を部屋の隅に置いて俺の隣に座り、徳利を手にした。






「はい、政宗さん、おひとつどうぞ――。」

「Ah?あ、ああ…thanks――.」

「あ、紗織!!俺も俺も!!」
「紗織ちゃん、次私も注いでほしいっ!!」



まるでどっかの座敷にいるような感覚。

紗織は手馴れた所作で元親と渚に歩み寄り、酒を注いだ。



ホントさっきとは別人のようだ。
容姿がガラリと変わったのもあるが、纏う雰囲気も全くといっていいほど違う。

胸の高鳴りは一向に収まる気配がない。





忘年会の時のコトを聞けば、今よりもっと酷かったようで、踊り終わって宴会場の舞台袖に引っ込む予定がその場全員にお酌するハメになったとか。

予想外のおひねりも飛び交い、『来年の忘年会も是非』と、1年後のオファーが入ったそうで、予想外の展開にちょっと困惑したと話した。



そして俺も今、困惑し始めていた。






「なぁ…オマエ、芸妓みてぇなコトやってたのか?」



頭に浮かんだ一つの可能性。



舞はホントに素晴らしいものだった。

1年や2年処で身に付けたものではないだろう。



…だが、酒の注ぎ方や立ち振舞い、着物の裾さばきはどう考えても真似事というだけでは済まされないような気がする。

『そういう仕事』をしていたんじゃないかと思うのは当然なくらい馴れた手付きと動作だ。

自然過ぎるせいで俺は引っ掛かるモノを感じた。



…だから尚更“年齢=彼氏いない歴”という話は嘘だろうと思った――


…それに、紗織は俺の質問を否定しなかったんだ――。








「…そう、ですね。芸妓みたいなコトはしてましたよ。バイトのようなカンジですけど――。」



…やっぱり、な――って思った。



「ha…?バイトで芸妓かよ。よくやってたな。色んなオヤジからapproachされただろ?オマエなら喜んで金出しそうだ。」


「…それ、どういう意味ですか――?」





…俺は何が気に入らなくてそんな皮肉めいたセリフを口にしてしまったんだろう。

何に嫉妬してんだろう。



…だけど確かにコレは苛立ちだ。







だが、無意識に出てしまった言葉に対し、明らかに嫌悪感を抱き凍りついた紗織の表情を見て、言ったコトを後悔した。






…そして




「…やっぱり政宗さんもそう思う人ですか――。」





…と、哀しげな目で紗織は俺を見た――。








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