幸せは繋いだ手の中に
□誤解と嫉妬。
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どうしてこんなに苦しいの――?
どうしてこんなに悲しいの――?
初めて会った時から
優しい目で私を見てくれた
だけど
“さっき”の政宗さんの“目”は――
逃げ込むように入った洗面所――。
鬘(カツラ)を外し、帯を解いて振袖も乱雑に床へ脱ぎ捨てた。
そして洗面台に湯を溜めながらカバンの中からクレンジングを取り出して一気に化粧を落とす。
何度も何度も顔を擦って
何度も何度も湯で流して
首筋の化粧も湯に浸したタオルで拭って
全部、全部“元の私”に戻ろうと必死だった――
だけど――
白く濁ったお湯に視線を落とした瞬間、頬を伝って零れた一滴の涙は静かに波紋を作り――
私はまた唇を噛み締めた――。
政宗さんが“見ていた”のは
紛れもなく“私”――
政宗さんが誤解してしまうのも無理はなかった。
あの華やかな世界は――
…やはりその中に政宗さんが言わんとしていた“色”が全くないとは言えなくて――
私がその言葉に含まれた意味を即座に理解したのもあの世界に身を置いていた時期があったからだ――。
…だけれども、母の昔からの知り合いであった置屋の女将さんは私の事情を知っていたし、目指している職業も違うと分かってくれてたから、『過度な接客を迫るような客からは遠ざけるように』とお座敷に上がる芸妓のお姐さんに伝えてくれ、お姐さん方もその通り――
一人でお座敷に上がる事は一度も無かった。
それに、殆どが純粋に舞踊とお酒を楽しみに来られるような品のある落ち着いた年配の常連さんの席だけに呼ばれたのも女将さんの配慮だったんだろう。
『若いだけの中身の無い輩には引っ掛かってはいかん。』とか――、
『卿はまだ蕾。…だが、いつか卿がその花を咲かせるような男は現れるだろう。選ぶのは卿だが、ちゃんと見極める目を持ちたまえ。咲かせた花をすぐに朽ちらせるような男は選ばぬように――。』
――なんて言ってくれたおじ様ばかり。
『舞は申し分ないのに、酒の注ぎ方は何とも…。取って食いやせんからもっと気楽にせい。』なんて笑われながらもお酒の注ぎ方をおじ様達から教わったりして――
良い社会勉強になった、と思っていたのだけど――
その世界から一歩外へ出てしまえば、あらゆる認識の違い、いわゆる誤解というモノが存在していて、大学の同期からは『そんなバイトしてんの?水商売みたいなモンじゃん』と白い目で見られ、有りもしない噂を流された。
…でも、私は辞めて別なバイトを探そうなどとは思わなかった。
母の病気が寛解状態となり退院してきても、直ぐに教室を再開出来るハズもなく、完全に体調が回復するには月日を要し、丸1年。
治療の副作用で抜け落ちた髪が伸びるまでやっぱりそのくらいはかかった。
その後、幸いにも教室再開となってからも以前と同じとはいかず、週6日開いていた教室を隔日にして1日置きに静養するようにし、稽古時間自体も短くした為、お弟子さん達から貰う月謝も値下げせざるを得なかった。
だからできる限り自分の事では母に負担は掛けまいと、無理をさせまいと、大学を卒業して国家試験に合格するまではずっとその“夜のバイト”を続けた――
ただそれだけ――。
だから政宗さん――
その誤解は――
誤解なんです――
でも――
私が――
もっと貴方のコトを知りたい――
…と思っていても――
“私”を――
もう“同じ目”でしか見てくれませんか――?
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