幸せは繋いだ手の中に

□誤解と嫉妬。
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その直後、『…スミマセン、また洗面所お借りします――』と言ってリビングから姿を消してしまった紗織。






『政宗さんも“そう思う人”ですか――』






…そう呟いた後、紗織はもう一言言葉を続け――

…そしてその“言葉”は一層俺の後悔を深くした――。





『…本来芸妓さんは芸を売る仕事。バイトという身でしたが私の踊りを気に入ってくれ、名指しで指名してくれたお客さんも確かにいましたし、報酬として花代も戴きました。…当然お座敷なので、お酒の接待もしました。…でも、でも私は一度も身体を売った覚えはないですし、特定の人とお付き合いしたこともありません――。』






真っ直ぐで射抜くような強い視線。


だけどそれは怒りなどの感情などは微塵もなく、ひどく哀しげで悔しげな表情だった。

“言葉”の最後のほうには震えが混じっていて――



キュッと唇を噛み締めた後、視線を下へと落とし、クルリと俺に背を向けたその後ろ姿を見た途端、胸の高鳴りは痛みへと変化し、過ちを確信した――。












「政宗さん…どうして“あんなコト”言ったんですか?」
「そうだぞ…、いくら紗織でも気ぃ悪くするに決まってんぜ。」



紗織が居なくなった後はやはり静寂と気まずい雰囲気が漂い、案の定渚と元親からかなり鋭い視線が飛んできた。






「hum…芸妓の仕事を分かってっから言っちまったに決まってんだろ…。知らねぇのはオマエらのほうじゃねぇのか?踊って飲んで騒いでよ。芸者遊びすんのだって大抵は金持ちのオヤジ共だ。気に入ったヤツがいりゃ金積んで愛人にさせたりしてるんだぜ…?」



そりゃホンモノの芸妓ならコンパニオンやキャバクラのねぇちゃん達とは比にならぬくらいもてなしの格は上で、仕事に対するプライドも高いのは知っている。…が、


…だけど、客と芸妓が恋仲、愛人関係になったという話を以前どっかで耳にしたことがあった。

そしてそれはあまり珍しいコトではないということも――。




美しい花に虫が群がるのは当然のコトだと思い込んでいた――。








「…そんな…政宗さんは渚ちゃんも同じだと言いたいんですか…?」

「…別に紗織もそうだと決め付けたワケじゃねぇけど、な――。」



決め付けたワケじゃなかった。

…だけどどっか引っ掛かる感じをそのまましまいこむコトができず、思ったコトを口に出してしまってた。

男として“あんな女”を見たら放って置くはずはないと。




「…ケッ、もうイイ。…ンなコト気にしてグチグチ言うんだったらオマエと紗織はくっつけねぇ。さっさと他の女探せよ。なぁ渚。」


明らかに苛立っていると分かる元親の声がした。

しかも自分でビールを注いでイッキ飲みし、そして飲み干したグラスをドンッと鳴らして置いた。



「えっ…?で、でも――紗織ちゃんだって――」

「あ?オマエも分かんだろーが。やっぱ紗織は政宗には勿体無ぇよ。自分の尺度でしかモノを量れねぇこんなヤツ。」




そして睨み付けながら俺を罵った。



確かに紗織の気を悪くするようなコトを言ったのは認める。



「Ah?ナンだとテメェ…!!」



…だが、『自分の尺度でしかモノを見れねぇこんなヤツ』なんて言われりゃ腹が立つに決まってる。

器が小さいと言われてるのと同じ事だ。




「あ゛?何を勘違いしてんのか知らねぇがな、紗織は別に私欲の金欲しさで芸妓のバイトしてたワケじゃねぇ。看護大の在学中、おふくろさんが病気で倒れた時に入院費だとか自分の学費や生活費なんかを一時的に稼いだだけだ。小っせぇ時から習ってた特技を生かしてな。…ただそれだけのコトなのに『オヤジにアプローチされたか』だの『イイ金になっただろ』とか何だその言い方。遠回しに身体売ったんじゃねぇのかって言ってるような言い方しやがってよっ…!!別にやましいコトなんてねぇから紗織だって隠しだてしなかったんだ。むしろオマエのほうが紗織に言えねぇようなコトいっぱいしてきたんじゃねぇのかよ!?」


「……ha?」




おふくろさんの、入院費…――?

自分の、学費…?生活費…――?




「ちょっと待て…大抵の病気なら保険でなんとかなんじゃねぇのか?それに父親の収入だってあるだろうから紗織がそんなバイトしなくたって…――」


「…だからソレが『自分の尺度でしかモノを見てねぇ』つってんだよ。」


「…あの、紗織ちゃんトコはシングルマザーで…お母様は日本舞踊のお師匠さんで一般の方や芸妓さんへ指導をして生計を立ててたそうなんですが、そのお母様が体調崩してしまった時、暫く教室もお休みされたそうなんです。その時紗織ちゃんはバイトというよりお手伝いというカンジでお弟子さんの芸妓さんからお座敷でのお仕事を紹介してもらって…。昼は大学とお母様の病院に通って、夜に時々お手伝いして――。それでも紗織ちゃんは『接待はやっぱり苦手だったけど、自分が踊って皆が喜んでくれるのは嬉しかった』って言ってたんです。…今日だって先生が紗織ちゃんに『またやってくんねぇか?アイツきっと腰抜かすぜ?』って言ったら紗織ちゃんも『政宗さんをビックリさせたい』って話に乗ってくれて…『政宗さんにも喜んでもらえるかな?』って楽しみにしてたんですよ――?」


「…渚、あんま余計なコト言うなって…。」

「何言ってんですかっ!!『余計なコト』じゃありませんっ!!大事なコトですっ!!ちゃんと紗織ちゃんの事情を知ってたら政宗さんだって“あんなコト”言わないでしょう!?」

「あ、いや…まぁそりゃあな…。」




「…そう、か――。悪かったな…――何も知らねぇで、台無しにしちまうようなコト言っちまってよ…――。」






ああ…俺、ホント酷いコト言っちまった…――


思い違いも甚だしい。




ワケも分からぬまま嫉妬して

勝手に妄想して

苛立って



…結果、紗織を傷付けた。

今一番傷付けたくないヤツを。






ha…


期待を裏切るようなマネをしたのは俺のほう、だったっつーワケか…――。













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