幸せは繋いだ手の中に

□秘書の苦悩。
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「…あらっ?片倉さんじゃないですかどうしたんですか?」




ガチャっとドアを開けて出迎えてくれたのは長曽我部の彼女の渚さん。

今年の秋口に野菜を届けた時に大層喜んでくれ、御返しにと非常に美味な手作りの栗の甘露煮を戴いた。

紗織さんは俺にペコっと頭を下げた後、『お邪魔しまーす』と言って中に入って行かれたから少し事情の説明が出来そうだ。





「これをお届けに来ただけです…良かったら食べてください。あと今日の為にと用意されたお酒を政宗様がすっかり会社に置き忘れたまま帰られてしまったモンですから…まだ政宗様は来ていらっしゃらないですよね?」


「ええ、政宗さんはまだですよ。…あ、スゴイっ!!こんなに立派な葱と白菜貰っちゃっていいんですか?いつもありがとうございますっ!!」

「では来ないうちに早々に退散致します。では…」

「あ、待ってくださいっ!!片倉さんも一緒にお鍋どうですか?お夕飯まだですよね?」

「い、いえっそんなっ!!政宗様に叱られてしまいますっ!!」

「え?なんでですか?」

「俺は野菜と酒を届けに来ただけですし、なんか政宗様の素性はあちらの方には秘密なようで…俺の立場もどう説明してイイものか…とにかくややこしくなる前に帰りますから。」





「渚さーん、冷蔵庫のスペースちょっと貸してくださいねー。」

そうこうしているウチにまた紗織さんが玄関先に戻って来られた。




「ね、紗織ちゃんはイイよね?」

「はい?…何がですか?」

「ん、片倉さんも一緒にご飯食べても。」

「渚さん!?だからソレはマズいと…」

「私はイイですけど、なんか『マズい』んですか?」

「あ、いやそういうコトでは…」




早く立ち去らねば政宗様が来ちまうってのに!!













「…小十郎も食っていきゃイイじゃねぇか。渚も紗織も『イイ』つってくれてんだからよ。」




心臓が止まるかと思った。

同時に背筋が凍るような思いがした。



その感覚そのままにゆっくりと背後を振り返れば“我が主”。

腕組みしながらすっかり呆れたような顔をして立ってらした。




「あれ…そちらの方は政宗さんともお知り合いなんですか?」



ギクッ!!

ほら見ろっ!!ややこしくなってきちまったっ!!

そもそも何故素性を隠さなきゃならんのだ?

非常に面倒くさいではないか!!



目線だけで渚さん→政宗様の順で見たが、双方共目が泳いでいた。

紗織さんはキョロキョロとこの挙動不審な3人を不思議そうに見ている。



「えっ…と――」
「Ah…――」


だけど何て言ゃあイイ!?

何か適当でベストな言い訳はねぇか!?



「うん。政宗さんのお兄さん…みたいな人――」


え゛!?お兄さんってあんまりじゃ…、とその渚さんの言った言葉は俺だけじゃなく政宗様も固まってしまった。


だって全然似ていない。


それに語尾についた『…みたいな人』っていうのは多分俺しか聞き取れなかったかもしれない。







「あら〜そうならそうと早く言ってくれればイイのに。お兄さんも是非どうぞ。あ、政宗さん、ちゃんとご希望のレアチーズ作って来たからね〜。」

「…ぉ、おおっ!!そりゃ食うのが楽しみだぜ。」





…やはり紗織さんに聞こえたのは“お兄さん”だけだったらしい。

だけどこんなにも似てない兄弟なんて滅多に居ないだろうに何故疑わないのだろうか?



だが紗織さんは全然疑うような素振りなど見せず、ニッコリ笑って俺達を中に手招きするようにしながらまた中に戻って行った。



変に気まずかった。




…で、次に気になったのは政宗様の反応。



「…よろしいのですか?」
「Ah?何がだ?」


「…ですから、夕飯をご一緒させていただくコトと、…私が政宗様の“兄”というコトです…。」

「まぁ別に…な。たまには大勢で飯食ったりすんのもイイもんだし、兄っつーのをオマエはどう感じてっかなんて知らねぇケドな、俺は少なからずそんな風に思ってる部分があっから全部が全部嘘っていうワケじゃねぇし――。」

「…ま、政宗様――。」





返ってきたのは思いもよらぬ言葉――

その言葉に対して俺も何か言えばイイのに嬉し過ぎて何も言えなかった――





俺は今までもこれからも部下として“右目”として側でお守りしていくコトだけを定めとしていた。

だから“兄”なんていうのはまた別の次元の話のようで、政宗様がそんな風に思ってくれていたなんて微塵も考えもしなかった。



だからこそ嬉しかった――。





そして政宗様は言い終わった後、照れ臭そうに顔を反らしてさっさとドアの奥に入って行かれ、逆とも取れそうな分かりにくいその態度は、長年側に居る俺にしてみれば分かりやすく、先程の言葉を一層深いモノにしてしまった。


本音をポロッと言ってしまった後ってのは猛烈に恥ずかしくなるモンだ。
それを滅多に喋らない政宗様なら尚更。







「…さぁ小十郎さんも――」

「いえ、私はこれで――。」


「え…?でも…――」

「お気遣いは大変嬉しいのですが、家で纏めなければならない仕事が残っておりますので。では――」


『失礼致します――』とそう言って俺は渚さんに頭を下げその場を立ち去った――。






折角政宗様も了承してくれたコトだったが非常に気恥ずかしいこの思いをしたまま一緒に皆で鍋を囲むってのはちょっと耐えられそうがなかった。

簡単言えば急に振られた兄という大役を演じきれる自信がなかった。

普通に政宗様を『オイ,政宗』なんて呼べやしないし、逆に『Hey,兄貴』とか『Hey,兄さん』なんて呼ばれたらもう…!!



……。



…だから俺はあの勿体無さ過ぎる言葉だけで十分だ。





…それに政宗様が気に入られたのが“あの人”なら大丈夫なような気がした。


聞いていた通りの普通の方だったが、政宗様があの人に向けた笑顔は本物で、対して政宗様に向けられたあの人の笑顔もとても柔らかいもので――。






…ならば、後日良い報告が聞けるのを待とうではないか。


あの御方だってもう子供ではないのだ。





…それにやっぱり俺は昔も今も、直接アレコレするより“見守る”ほうが性に合ってるのかもしれない、なんて思ったんだ――。







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