幸せは繋いだ手の中に

□秘書の苦悩。
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以前にも収穫した野菜のお裾分けを届けにそのマンションを訪れた事がある。


俺は一度行った場所は忘れない。


多分あの方のコトだ。
一旦ご自宅に戻られた後はゆっくりシャワーでも浴びられてから支度をされるのだろう。

それに俺の携帯はまだ鳴らないから依然として忘れ物には気付いていないらしい。

多分電話を掛けても仕事の話かと警戒されて、俺からの着信には出ないと思う。…と思いつつ一応掛けてみたのだがやっぱり出なかった。







丁度、長曽我部の住むマンションは俺の帰り道の途中にある。

気にはなるが、とりあえず邪魔をする気はないので、『お忘れになった野菜と酒は帰宅するついでに届けておきます』と政宗様へメールを送信し会社を後にした。











そして長曽我部のマンションへ――


車をマンション横の駐車スペースへ停め、屋上の畑で育てた野菜が入ったエコバックと酒が数本入った紙袋を両手に持ちながらマンション内に入った。


すると前方にはエレベーターを待つ一人の女性が立っていた。

その女性も片手にケーキの箱を持ちながら、少し後ろで立ち止まった俺の気配に気付き、ゆっくりと振り返った。




「こんばんは。」

「あ、こんばんは…――」



そう一言挨拶を交わしたトコロでエレベーターが開く。

まずドアの真ん前に立っていたその女性が先に乗り、俺も後に続くように乗り込んだ。



「何階ですか?」

「は?」


「あ、何か両手が塞がってるようでしたからボタンは私が押しますよ。何階へ行くんですか?」



確かに右手に野菜、左手には酒。
そして結構重い。



「あ、申し訳ない…。えっと確か8階だ。」

「あら同じでしたね。」



そう言いながらフワッと笑みを溢したその女性はGのボタンを押し、クルリと身体の向きを変える際にフワリと揺れた髪がとても印象的というより全体的に好印象だった。



元より何かと損する俺の風貌。

“ヤ”がつく筋のモンだろうかと第一印象で思われるのはもう慣れはしたが俺自身はあまり快く思ってはいない。しかも笑えば笑ったで『ますます恐い』と言われる。

んじゃどうしろってんだっ!!と文句を言いたくなるのだが、周りにどう思われようとやっぱり“素”でいるのが一番だと開き直るようになった。



…でもこの目の前に立っている女性は俺の外見など気にもならなかったようでしっかり目線を合わせて普通に接してくれた。

…だからまぁ単純に好印象だったワケで――





そうしてエレベーターは8階へ――。



ん…?



『『それじゃあ…』』とまた一言交わしながら軽く頭を下げてお互いそのフロアに降りたのだが、いつまでも俺はその女性の後ろを歩いていた(離れて歩いてたが)。


…で、女性が立ち止まった前はまさに俺の目的地。

そこで気付いた。




え…っ、まさか――“この方”が政宗様の…――?





「あれっ?もしかして元親先生のお知り合いの方だったんですか?」

「あ、いや…まぁ…。」



知り合いっちゃ長曽我部の知り合いだが…

ココで『政宗様の…』と言ってしまうのはちょっとマズいような気がする。

何故か政宗様は素性を隠しているらしいし、俺が何者かと詳しく聞かれても咄嗟には思い付かないから“知り合い”で通しておくのがイイかもしれない。




「お荷物持つの手伝えば良かったですね…重そうだったのに…ゴメンナサイ気付かなくって…。」

「あ、いやそんな謝るようなコトじゃ…」



そして最初に抱いた好印象は自然と倍増。


さすが我が主だ。『俺の目に狂いはねぇ』と断言しただけはある。


そして急いでインターホンを押したその人は


「あ、紗織です。あと先生のお知り合いの方も一緒なんですが――」



と名乗ったから、ああやっぱりこの方は政宗様の“紗織さん”なんだと確信した――。









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