幸せは繋いだ手の中に
□秘書の苦悩。
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幼少の頃から長年仕えてきた主の様子が最近オカシイとは思ってはいた。
思ってはいたが…
ハッキリ言ってあんな政宗様は見た事がない。
仕事は上の空。…というよりホントに“空”ばかり見上げて溜め息ばかり吐く日々がここ最近ずっとだ。
その上、プライベート用の携帯電話を片時も離さず、俺の目を盗んではメールチェックをしている有り様。
しかも多分あれは待ち望んでいた方からメールが来た時だったんだろう。
さっきまでの憂い顔から一変、明らかに嬉しそう、というよりいつも眼光鋭い政宗様が手元にあるであろう携帯に向けて微笑みを浮かべてらした。
ニヤケていた、と言ったほうがしっくりくるかもしれない。
その主の姿に、相当そのメールの送り主に惚れ込んでしまったらしい、という印象を受けたのは確かで、そうすれば次に“その相手”が気になるのは当然のコト。
どんな女なのか
とてつもない美人なんだろうか
どこかのご令嬢でも見初めたのだろうか
そんな風に勝手に相手を頭の中で想像していたら、政宗様から教えていただいたのは普通の人で看護師をしている方だという。
思わずその『普通』と言った政宗様の言葉に耳を疑った。
しかもまだ“手”を出してないという点も今までにないコトだった。
…何もかも今までと違う。
詳しく聞こうとしたが、まだ政宗様自身もその方を良く知らないらしい。
分かっているコトと言えば名前・年齢・出身地・職業・長曽我部の彼女の同僚というコトだけ。
『あとはとにかく面白くてcuteなヤツでな、ソイツが居るとその場の雰囲気が和むんだよ。なんつーかポッと小さい花が咲いたみてぇっつーか――』
と、その方のコトを話してくれた政宗様の表情は実に柔らかく印象深いもので、やっとそういう女性を見つけたようだ、と俺としても素直に喜ばしく思った。
――…政宗様は幼少期以降、母君からの愛情というものを殆ど感じるコトが無かったと思う。
事故で右目を失ったと同時に母君からの愛情もその時から途絶え、端から見ていて目も当てられぬ程、母君が政宗様に向けられる視線も言葉も酷いモノで一層心を暗い影の中に落としてしまわれた。
…だがそんな政宗様が今や立派に成長なされて家業を継ぐ才を身に付けたのは、政宗様と母君との関係が悪化しているのに対して早急に対処した輝宗様のお陰だ。
父である輝宗様は政宗様の才覚をすでに見出だしており、その有能な“芽”を潰すワケにはいかなかったのだろう。
政宗様を数人の従者付きで別宅へと転居させ、あらゆる習い事へ通わせた。
俺はその時からの付き合いというか専属で側に仕えさせてもらっているのだが、その後イギリス留学している間に輝宗様と母君は離婚となり、弟君の小次郎様を連れて伊達の家を出ていかれた(…というのは表向きで、政宗様と離れて暮らしてからもやはり色々なイザコザは絶えなかったらしく追い出されたというのが本当らしい)。
…だからそれ以降、政宗様は母君には会っていない(小次郎様とは時々連絡を取り合っているようだが)。
輝宗様は昔も今も暇さえあれば仙台からちょくちょく会いに来られて、最近じゃ『早く孫が欲しいなぁ』と愚痴のように溢して帰られるのが恒例となっていたのだが、政宗様本人は全くその気がないようで、『親父こそいい加減再婚相手見つけて“孫”じゃなくて“子”を作ったらどうだ?まだまだイケんだろ。』と言い返す始末。
…やはりそれは母の愛情を一番必要な時期にもらえなかったというのが少なからずとも影響しているように思えた。
政宗様はとにかく女癖が悪かった。
とにっかく手が早かった。
一人の女性と何年も…なんて無い。
長くて半年。早くて1日。
しかも期間がどうこう言うより、どの女性も本気で愛してらっしゃるようには見えなかった。
…という風に“女性関係”に関してはホントにどうしようもなく節操がない。
勉学に対してはアレコレ言ったコトは一度もないのに、毎日のように説教してきたのは女性関係のコトばかり。
30過ぎた年になっても跡取り以前に結婚する気も全く無く、未だに変わらないのは長年の悩みの種であって小言を言うのも正直ウンザリしていたのだ。
…でも今回ばかりはその長年の悩みがやっと消えそうな気配がある。
一度も会ったコトが無くても政宗様の様子を見ていればなんとなく期待できそうだという感じがする。
そうすれば自ずと浮かんでくるのは
『俺も会ってみたい』
というコト。
“そういう関係”となればいずれは紹介されるのだろうが、コッチも気が気ではないのだ。
願わくば叶って欲しい。
『放っておいてくれ』と言われたものの物陰から見たいのは親心(?)…だがそこでジッと待つのも親心というモンなんだろう。
そして当の政宗様はその後驚く程の早さで書類に目を通して決裁し、指示もコト細かく的確に出して17時半キッカリに退社しご帰宅された。
…のだが“忘れ物”が2つあるコトに俺はふと気付いた――
俺の葱と白菜を忘れられちゃ困るンだがなぁ――
今が一番旬なモノで今年の葱はかなり出来がいい俺の自信作だ。
…しかも折角用意した酒まで忘れて行くほどもう気持ちは違うトコロへ行ってしまってたらしい。
『元親ン家で一緒に鍋すんだよ――』
『紗織がコレ飲んでみてぇって言ってたんだ――』
…なのにどうして忘れてしまったのか政宗様…。
もう“紗織さん”に会うコトしか頭になかったんだろう。
…うん、よし。長曽我部の家だな――。
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