幸せは繋いだ手の中に

□〜モドコイ〜
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数ヶ月前に元親と訪れたっきり立ち寄ってなかった行きつけのバーに一人で行った。



カララン…と静かにドアを開けた途端、いつ訪れても変わらぬ柔らかな光と音楽が俺を出迎え、奥へと誘う。






「いらっしゃいま…――あら、まーくんお久し振り。」



そういってカウンターの奥から声を掛けてきたのは白いシャツに黒の蝶ネクタイをしたこの店のマスター。

口調からすれば“マスター”なのか“ママ”なのか判別が付けづらいが、外見は“マスター”なので俺は“マスター”と認識している。




「masterも相変わらず元気そうだな。…てかいい加減『まーくん』は止めてくんねぇか?」

「あらそう?アタシとしては『まーくん』のままがいいんだけど。」




そして長年に渡る常連客の俺を『まーくん』と呼ぶ。

元親の『もっくん』よりは少しはマシな呼び名だが、もう30代になったのだから『まーくん』と呼ばれるのはもう遠慮したい歳である。

だが毎回そのコトを言ってるのにも関わらず、マスターは変えてくれないので多分40歳になっても50歳過ぎても俺は『まーくん』と呼ばれ続けるのだろう。

半ばもう諦めてはいるのだが。




「Master、いつものくれ。」

「はい。“いつも”の、ね。」



チラッと奥の座席を見ると客が座ってるようだったので、カウンターの椅子へと腰を下ろす。

そうしてすぐに目の前に置かれたバーボンロックを一口飲むと『ふぅ…』と、溜め息が零れた。





ここ数ヶ月間、俺は女を抱いていない。

今までにないこんなコト。



簡単にいうと“誰でもイイ”と思わなくなった。

外見より中身重視で女を見るようになればアンテナの立ちドコロも変わるようだ。



だが、



元親と渚の影響をモロに受けて心を入れ替えたのまでは良かったが、こりゃまた現実は甘くなかった。




『職業を隠せ』と言われたものの、会社の外へ出歩くといえば仕事絡みで社長の肩書きが付いて回るから難しいし、小十郎も常に後ろでギラリと目を光らせながらガードしてるから俺が要人であるコトがバレバレ。


しかもプライベートで酒を飲みに出歩くのもここ最近ずっと忙しかったせいもあってホントに久々だった。



…理想とする出逢いなんてあるワケがない。

溜め息だって出ちまうぜ。



愚痴を溢す&文句を言う予定だった元親は『今から緊急のオペ入るから悪ぃケドまた後でなっ』ってブツリと電話で断られちまった。


…そのまま家に帰っても良かったが、結局はやっぱり飲みたくなってココに来てしまったというワケで。




「…あら、まーくんなんか寂しそう。」

「Ha,寂しくなんかねぇよ。」




「…ふーん。あ、そういえば、アッチにもっくんの彼女居るわよ。お友達と一緒だけどね。一人でそんな風に飲むより一緒に楽しんだら?」




もっくんの彼女?


…って渚じゃねぇか!!




そのマスターの言葉にぐるりと振り返りながら身体を伸ばして奥を覗いてみれば、何やらクスクスと談笑してる渚ともう一人女がいた。

角度的に渚は斜め前方から見える位置であるが、もう一人は渚の対面に座っている為に俺からは背後しか見えない。
体格的に見れば渚と同じような華奢な感じで、フワリとしたショートボブの髪型のその“お友達”。



暫し二人を観察してみた。



どっちかといえば俺は“長い髪の女”が好き…だけれど、“ヘアスタイル”云々より



…何か仕草が可愛いと思った。


二人が話してる会話なんて聞こえやしないが、秘密の話でもしてそうなそんな感じで。


男の前じゃガラリと態度が変わる女はよく居るが、女同士で話してる今がそんなカンジなのだから“アレ”は“素”なんだろう。






「んじゃ、まーくんにコレ頼むわ。渚ちゃんに私からのサービスよ、って言ってね。」



渚のトコに行っていいのか、行かずに一人そのまま飲んでいようかと悩んでいると、マスターがピスタチオとカシューナッツが入った皿を俺の目の前に出した。



「何で俺が…」

「あら、だって手ぶらじゃ交じりにくいでしょ?」

「……。」





確かに気になってた。

ただ“女子会”してるような雰囲気のトコに俺が入り、場違いだとシラケられたらいくら俺でもショックだし、この前渚にズバッと言われたコトがかなりトラウマになっていた為、躊躇していたのだ。







「…ねぇ、まーくん“肉食系”だったのに変わったわね…。」


「ha…“爪”を隠してるだけだ。」


「何となく渚ちゃんと雰囲気似てるカンジしたから邪魔にはされないわよ。行ってらっしゃーい。」






渚と


雰囲気が似てるだと?







…あ、“爪”が久々にウズウズしてきやがった――。






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