君のその手を
□8章:“お仕置き”か“ご褒美”か。
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その後、お互いのマンションの中間くらいの距離にあるスーパーに立ち寄った。
「先生、好き嫌いとかありましたっけ?」
『何を作ろうか』と思案しながらカートにカゴを乗せ、野菜売り場を回り始めた渚に好き嫌いを聞かれた。
「ん?いや全般的になんでも食うがオクラは嫌いだ。」
「オクラ?何でですか?」
「何となく。色と食感が受け付けねぇ。」
「……わかりました。オクラ以外はOKですね。」
数々の野菜を真剣に品定めしながらポンポンとカゴへ入れていく渚。
頭の中ではもう献立が出来ているのだろう。決断が早い上に、売り場売り場への移動も早い。
おばちゃん主婦達が通路で立ち話をしていても、まるでスラロームのようにスイスイと通り抜けていく。
でも渚の食材選びにはツッコミ所がないようだし、唯一俺が口を出したくなる魚の選び方も的確だと思った。
俺は只、後ろを着いて歩くだけ。
だけど俺だって高校から一人暮らししてるから歴は長いし、料理が出来ないワケじゃない。
今はただ作る時間がないだけであって。
手料理というモノはこの前渚ン家で食った朝食以外は食ってないという始末。昼は院内の食堂、夜は出前という日々がずっと続いていた。
健康をうたう医者が一番不摂生なコトをしているという矛盾は分かっているものの、どうしようもない。
でも今日は『渚の美味い飯がまた食えるー!!』と俺のテンションは上がりっぱなしだった。
あ、歯ブラシ買うんだった…。
「渚、俺アッチ見てくっから、回ってろよ。」
準備する際、家に買い置きが無かったのを思いだした俺は渚にそう告げ、日用品売り場へと向かった。
ココのスーパーは来たのが初めてだったから何がどこにあるか分からない。
天井からぶら下がった案内板を見上げながらウロウロと売り場を探した。
お…あったあった。
程なくいつも使っている歯ブラシを見つけ、あと必要なモノはねぇよな…と周りを見渡す。
あ…アレは…必要だな…。
ウッカリしてたぜ…。
視線の先に入った“アレ”。
その陳列棚の前に行き、久しぶりにいざ買おうとすると、色んな種類が増えたもんだと感心した。
“イチゴの香り”? へぇ〜。
“0.02ミリ”? へぇ〜。薄くなったもんだ…。
“ブツブツで男を際立たせる”? …スゲェなコレ…。
おいおい…、ローションまでスーパーで置くようになったのか…?
う〜ん、とソレらがズラリと並んだ棚の前で腕を組み、暫し悩むはめになった――。
「先生…?何真剣に悩んでるの?」
俺が悩んでいる間に、グルリとフロアを一回りしてきたらしく、俺を探しに来た渚が不思議そうな顔をして俺に訊ねた。
「お?渚、丁度イイとこに来たな。どれがイイ?」
「???どれがイイって何…って…ここ、こ、コン…「バカ!!こんなトコで叫ぶなって!!」」
俺が指差したソレらを見た渚は、思いっきりソレの名称を叫びそうになる。
『ヤベっ!!』と、渚の口を慌てて塞いで周りを見渡した。
流石に叫ばれると俺も恥ずかしい。
この付近の売り場に客がいなくてマジ助かった。
そうしてそのままその場に身を屈めてヒソヒソと話す。
「だって…コレ…。」
「あぁん?だっても何も必要だろうがよ。」
「そりゃまぁ…でも私買ったコトないからどれがイイって聞かれても…」
「………んじゃあコレとコレ。」
「2つも…!?」
「…多分すぐ無くなんぞ。」
「ぇえ!?」
『嘘ー!?』っと言いたげな顔をしていた渚だったが、言った俺からすれば冗談で言ったつもりはない。
確実に予感がする。
多分一回じゃ終わらないという予感が。
ポンッとカゴの上に2つ置いたらすぐさまソレは渚によってカゴの奥底に捩じ込まれた――。
そしてレジを通る際――
『紙袋に入れとくわね〜』
「…お願いします…。」
赤くなりながら遠くへ視線を泳がせる渚。
そんな渚を見たレジのおばちゃんは、次に隣に立っていた俺を見てニヤリとしたもんだから、こっちもニヤリと返してやった――。
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