君のその手を

□7章:その瞳とその唇に。
2ページ/7ページ


************



「…どうぞ…散らかってますけど…。」

「オウ…。」


渚ン家に来るのは2回目なのだが、今日は明らかに前回とは違う。

ヘンな緊張感に包まれる。

“初めて彼女の家に遊びに来ました〜”的な照れ臭さ。

友人・知人という位置から、念願の“恋人”の位置をgetしたから当たり前なんだけどやけに緊張してしまう。

…まぁ多分、彼女の過度の緊張が俺も巻き込んでるからだと思うが。



『き、きき、着替えてきますね』

家に入ってすぐ、俺をリビングに残して渚は寝室へ。

緊張すると彼女の舌は廻らなくなるらしい。

渚の着替えには少々時間が掛かるだろうと予想して、俺もジャケットを脱いでネクタイとシャツの釦を緩めながらソファにドサッともたれ掛かる。


どこが『散らかってる』っつーんだ…?


この前来たときも思ってたが、雑誌類は月順にピシッと並べられてるし、コチャコチャした小物もあまり無い。

その雑誌類にしても女性ファッション誌などではなく、明らかにバイク雑誌と看護師向けの月刊誌だった。


グゥっと沈み込む身体。

同時にフゥーっと息を吐く。




また来れたな…。


前回は記憶が無いままココに来た。

というか居た。



でも今日は違う。


彼氏になったのはホンの数十分前だったのだが、あの時の俺はこんな形でまたココに来る事になろうとは想像などしてなかった。


なんつ〜日だ今日は…。

ホントに息つく暇も無かったなぁ――。

まさか渚からも『好きだ』って言われるとは…。



でも、一つの言葉が頭を過る。


『彼の後を追おうとした』



そこまで好きだった彼の事を正直羨ましく思った。

でもソレを許さなかった彼がどれほど渚を大切にして愛でてきたのかも…。


渚から彼の記憶は消せない。

消えない。

渚自身がそう思ってるから、忘れたくないからこそ、敢えて俺に“あの話”をしたんだ。




『人を好きになるというコトに臆病で…最期の彼の言葉を信じてたからかもしれません』



彼の死後、誰とも付き合わなかった、…というより付き合えなかったのだと思う。

外傷的な傷ならともかく(それなら専門分野なのに…)、心因的に受けた傷や記憶といったモンを癒すのは難しい。

まさしくトラウマ――



縋れば簡単に寄ってくるヤツはいただろうに…


『僕が運命の人に出逢わせてあげる』


渚は彼の最期の言葉を信じてたんだ――。




彼女がどんな気持ちで俺に『好きだ』と言ったのか。

『好き』っていう言葉に、これほど胸が痛むくらいの威力を感じるなんて初めてだった。



『私が自分の気持ちに正直にならないのを彼はきっと溜め息を吐きながら見てたと思う』



きっと俺以上に悩んでいたに違いない。

ソレが伝わったからこそ、渚の真っ直ぐな眼差しと告げられた想いは俺の胸を射抜いた――。




そして涙を流しながら俺の手を取る前に、渚は彼の名前を呼びながら『ありがとう』と感謝の言葉を溢した。

この出逢いが彼のお陰だと確信したから出た彼の名前。

本来ならば元カレの名前なんて知りたくもない所だが、今回ばかりは俺も『半兵衛』に感謝しておかねぇとな。



だって――

彼女が動けなかった彼との思い出の場所から、俺と共にいるこの場所へと背中を押してくれたんだから――。




確かに二人分は『重い』かもしんねぇ――

…が、


でも俺はその想いを全部受け止めてやる――。












次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ