君のその手を
□6章:真っ白で音の無い世界。
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「彼が亡くなってから暫くはやっぱり彼のコトばかり思い出してました。」
と最初は伏し目がちだった視線で時折目を閉じながら過去を語っていた渚の目は、今は真っ直ぐ前を向いて遠くを見つめていた。
俺はただその渚の話に相槌を打つワケでもなく耳を傾けている―。
否、情けないことに言葉を発することさえも出来なかったんだ。
過去を淡々と話す渚の声や冷静さが苦しい程に俺の胸を締め付けていて――。
初恋で初めて恋人になった人――
その恋人と死に別れたなんて…
辛かっただろうに…
いや、辛いなんて一つの言葉だけじゃ片付けられないだろう…
気の効いた言葉でもかけてやれたらいいのに…
情けない事に俺の頭には何一つ言葉が浮かんでこなかった――。
「哀しみに押し潰されそうでした…。父の次に彼まで失うとは思っていませんでしたから…。でもあの時の彼の言った言葉や想いが私の支えになってくれていました。今では彼が背中を押してくれたんだと感謝しているんです。」
「だって…こうして…――
――先生と出逢うコトも出来なかったかもしれません――。」
『先生と出逢うコトも出来なかった』
そのいきなり俺に向けられた渚の言葉にドクンと俺の心臓が跳ねた。
フイに渚の方に振り向くと、渚は微笑みながら俺を真っ直ぐ見ていて――。
「そうだな…こうしてるコトもなかったかもしんねぇな…。ゴメンな…辛いコト思い出させるような話させて…。」
「いえ…ずっと誰にも言えなくて、このコトを話したのは先生が初めてなんです。話せたってコトは自分の中でやっと受容できたんだと思います。あ…でも、言った通りテンション下がりましたでしょ?」
「お前よぉ…」
冗談混じりにテヘッと笑ってみせた渚に思わず溜め息と苦笑いが洩れてしまう。
「無理して笑ってんなよ…!!」
「えっ、あ、ちょ…!?」
気が付かないワケないだろう?
その俺に向けられた笑みが精一杯無理してるモンだっつーことに。
そうやって俺との間に一線引こうとしてるんだろうが、…俺はもう引き下がるコトなんて出来ねぇんだよ。
そう思うと同時に勝手に身体が動いてて、ギュッと渚の身体を引き寄せて抱きしめてた。
「いいからジタバタすんな。黙って大人しくしとけ。」
「だ、だって…こんなコト…!!」
俺の胸を押し返そうと躍起になってた渚を黙らせようと、俺は口を開いた。
「『こんなコト』っつってもなぁ…しょうがねぇだろ…俺は渚が好きなんだ――。ほっとけねぇよ――。」
「……。」
だがそれを言った後、渚の動きはピタッと止まり、黙りこんでしまった――。
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