君のその手を

□6章:真っ白で音の無い世界。
3ページ/8ページ








「僕はいつでも君の側にいる――。」


『まぁ鈍感な君は気付かないだろうけど』 と、付け加えた男の言葉に渚は驚いた顔を男に向けた。



「そうだな…君が僕の次にイイ人に巡り逢うまで…というより、僕がその運命の人に巡り逢わせてあげよう。鈍感な君にも分かるようにね…。悔しいけれど…しょうがないね…。僕が君にしてあげられなかったコトや…したかったコト…全部…僕の想いをその人に託すから…君はその人の手を掴んで幸せにしてもらって…。」



『僕が選んだ人なら君も迷わないだろう?』と諭すように、言い聞かせるように渚に問い掛けた。



「いいかい…?君は可愛いから色んな男が寄ってくるかもしれないけど…簡単にOKしちゃ駄目だよ…。まぁ変な輩は僕が寄せ付けないようにするから。」


『死んでもソレに関しては気苦労しそうだ。』と溢した男の言葉に、今度は渚が少し苦笑いを浮かべるハメになった。



困らせられて苦笑い。

皮肉を言われて苦笑い。

でもずっと二人はこんなカンジで付き合ってきたし、付き合う前からもこうだった。


甘えられて、甘やかして――。

甘えて、甘やかされて――。

溜め息吐かれたり、叱られたりするのは専ら渚だったけれど――。





「…君は笑ってる顔が一番イイ…。君の笑顔に僕がどれだけ救われたコトか…。その笑顔とこの優しい手で…これからは沢山の人を癒してあげて…。僕は、君の進もうとしている道は、きっと天職であると太鼓判押してあげるから…。」

「半兵衛…どうして…私のコトばかり…。」

「ハハッ…今さらだろう…?僕の人生の大半は君を心配するコトだらけだったよ…。妹のように見てた頃から恋人になってからもずっと…。いつも振り回されてしまってね…。でも…君と過ごした時間は楽しかった…。」

「私も…楽しかった…。『お兄ちゃん』って呼んでた小さい頃から好きで…。怒ると怖いけど、でも優しくって…私は半兵衛の全部、大好きだったよ…。」



その渚の言葉に男は反対側の手で渚の髪を優しく撫でた。


「ありがとう渚…君と出逢えて良かったよ…。」



無情にも最期の別れは刻々と近付く――。


もう時間の感覚さえ二人には分からない――。


互いの手を握って…


渚は男の肩に寄り添うように顔を埋めて…


















ねぇ神様――。







これが僕達の運命だというのなら――






せめて――





僕の命、





この鼓動が止まってしまうその瞬間まで――














どうか渚の姿をこの目に焼き付けさせて――。















トクン……トクン……トクン…



トクン……・トクン……・トクン……・



トクン……・・・トクン……・・・トクン……・・・・





「さぁ…渚…君のお父さんがね…迎えに来てくれたようだ…。」




トクン………・・・・トクン………・・・・










『もうお別れだ』











ト・・クン…・・・・・・ト…・クン…・・・・・・・











『僕の渚』
















もう最期の声は聞こえなくなっていた――。











でも男の唇がそう言っていた――。












『僕の分も生きて…幸せになって…』









ト………クン…・・・・・・・・・・・・・










という言葉と、男の静かに閉じられた瞳から零れて顔を伝った涙。








渚の手を包むように握っていた手も、髪を撫でていた手も――












トッ・・・・・・・・・・・・・・・・・












『パタリ』とベッドに沈み、無機質な警報音だけが響き渡っていた――。












次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ