君のその手を
□6章:真っ白で音の無い世界。
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「僕はいつでも君の側にいる――。」
『まぁ鈍感な君は気付かないだろうけど』 と、付け加えた男の言葉に渚は驚いた顔を男に向けた。
「そうだな…君が僕の次にイイ人に巡り逢うまで…というより、僕がその運命の人に巡り逢わせてあげよう。鈍感な君にも分かるようにね…。悔しいけれど…しょうがないね…。僕が君にしてあげられなかったコトや…したかったコト…全部…僕の想いをその人に託すから…君はその人の手を掴んで幸せにしてもらって…。」
『僕が選んだ人なら君も迷わないだろう?』と諭すように、言い聞かせるように渚に問い掛けた。
「いいかい…?君は可愛いから色んな男が寄ってくるかもしれないけど…簡単にOKしちゃ駄目だよ…。まぁ変な輩は僕が寄せ付けないようにするから。」
『死んでもソレに関しては気苦労しそうだ。』と溢した男の言葉に、今度は渚が少し苦笑いを浮かべるハメになった。
困らせられて苦笑い。
皮肉を言われて苦笑い。
でもずっと二人はこんなカンジで付き合ってきたし、付き合う前からもこうだった。
甘えられて、甘やかして――。
甘えて、甘やかされて――。
溜め息吐かれたり、叱られたりするのは専ら渚だったけれど――。
「…君は笑ってる顔が一番イイ…。君の笑顔に僕がどれだけ救われたコトか…。その笑顔とこの優しい手で…これからは沢山の人を癒してあげて…。僕は、君の進もうとしている道は、きっと天職であると太鼓判押してあげるから…。」
「半兵衛…どうして…私のコトばかり…。」
「ハハッ…今さらだろう…?僕の人生の大半は君を心配するコトだらけだったよ…。妹のように見てた頃から恋人になってからもずっと…。いつも振り回されてしまってね…。でも…君と過ごした時間は楽しかった…。」
「私も…楽しかった…。『お兄ちゃん』って呼んでた小さい頃から好きで…。怒ると怖いけど、でも優しくって…私は半兵衛の全部、大好きだったよ…。」
その渚の言葉に男は反対側の手で渚の髪を優しく撫でた。
「ありがとう渚…君と出逢えて良かったよ…。」
無情にも最期の別れは刻々と近付く――。
もう時間の感覚さえ二人には分からない――。
互いの手を握って…
渚は男の肩に寄り添うように顔を埋めて…
ねぇ神様――。
これが僕達の運命だというのなら――
せめて――
僕の命、
この鼓動が止まってしまうその瞬間まで――
どうか渚の姿をこの目に焼き付けさせて――。
トクン……トクン……トクン…
トクン……・トクン……・トクン……・
トクン……・・・トクン……・・・トクン……・・・・
「さぁ…渚…君のお父さんがね…迎えに来てくれたようだ…。」
トクン………・・・・トクン………・・・・
『もうお別れだ』
ト・・クン…・・・・・・ト…・クン…・・・・・・・
『僕の渚』
もう最期の声は聞こえなくなっていた――。
でも男の唇がそう言っていた――。
『僕の分も生きて…幸せになって…』
ト………クン…・・・・・・・・・・・・・
という言葉と、男の静かに閉じられた瞳から零れて顔を伝った涙。
渚の手を包むように握っていた手も、髪を撫でていた手も――
トッ・・・・・・・・・・・・・・・・・
『パタリ』とベッドに沈み、無機質な警報音だけが響き渡っていた――。
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