君のその手を

□6章:真っ白で音の無い世界。
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「渚…僕はもう…君とは…一緒に居られない…。」



無機質な白いベッドに横たわった男のチアノーゼがかった唇から言葉が紡がれる度に酸素マスクが白く曇る。

腕には点滴のチューブが数本。

胸にはモニターのコード。


その男の傍らに寄り添うようにいた渚の頬に伸ばされた手は細く蒼白かった。



「半兵衛…そんなコト言わないで…。」


その頬に添えられた手に渚はそっと自分の手を重ねた。






その温もりを、


その手を、


優しいその眼差しを、



忘れたくない――。







涙が止めどなく静かに溢れ流れる。

拭っても拭っても胸の奥から溢れてくるようだった。







彼の前では泣きたくなかったのに――。









男はただそれを指の腹で静かに拭いながら言葉を続けた。







「渚…僕にはもう時間が無い…君にだって分かってるハズだ…。だから僕の話をちゃんと聞いて…どうか幸せになって…」

「半兵衛…私…半兵衛がいない未来なんて…」



真っ白なキャンバスに白い絵の具では

描けないし見えない


色を選んで、一緒に塗ってくれる貴方がいなければ――。






「渚…君を幸せにするのは僕だって思ってたよ…。君への想いに気付いてから…ずっと…。 ……、 でも僕はもう息をするのさえ苦しいんだ…身体だって…もうじき…君の涙さえ拭えなくなる…。」

「半兵衛…私を置いていかないで…私も…「渚。」




『一緒にいきたい』




その渚が言おうとした言葉を分かっていたかのように男は言葉を強くして名を呼び、言わせなかった。



「僕がソレを望んでいると思っているのかい?」



射抜くような眼差しで、

決してソレは“許さない”と渚を見遣った。



「だって…「…君の気持ちは嬉しいよ渚…でもね、言っただろう?僕の願いは君が幸せになる事だって…。もし…君が僕の後を追いかけてきたって僕は絶対喜ばないんだから。」


それでも渚は首を横に振る。



「…君は最期まで僕を困らせるね…。」


男の顔に浮かぶのは苦笑い。

こんな時にまで頑固な彼女を宥めなきゃならないのかと眉をしかめて溜め息を吐いた。


でももう男には分かっていた。

皮肉めいた言葉も、呆れが混じった“溜め息”も渚には聞こえなくなる。


この声が…

この想いが…


渚の耳に、心に届けられるのはもう少ししかない――。


己の想いを伝え、渚が“これから”を歩んでいけるように道標を灯してあげないといけない…と――。









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