君のその手を

□5章:重ねた手から伝わりますか?
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「渚、ココに車停めて少し歩くからな。手ぇ貸してやっからオマエは降りるの待ってろよ。」


そう言って車を街中のパーキングに停めて、まず俺が先に車を降り、助手席のドアを開けて渚の手を取ってやる。

今までにこんなコトした事もないが、さっきコノ車に乗った際に、脚を開くことが出来なくて着物の裾を捲り上げようとした渚を見ていたからだ。

慌ててソレを制止して手を貸したが、また放っておいたら絶対また捲るかコケるかどっちかだろう。

そう予期して手を取ったのに…


「うわっ!!」
「うおっ!!」


何故か降りる直前、ガクンと体勢を崩した渚がイキナリ俺の胸に飛び込んできた――。



「ぞ…草履が脱げちゃったー!!」
「はぁ!?オマエよぉ…。」


…と言いながら内心はバクバクである。

共倒れする事無く、渚を受け止める事が出来たが、その突然の至近距離に驚いた。

抱きつかれてオイシイ状態だが、このままギュウっと抱きしめてるワケにはいかない真っ昼間の街中。

もう既に道行く人々の注目を浴びている。


俺は、渚の草履を履いていた側の足をゆっくりと地面に着かせて支えながら、車の下に落ちた片方の草履を拾って渚の足元に置いた。



「スイマセン…散々迷惑掛けて…。いつもと勝手が違うモンで…。」

「ったく…目ぇ離せねぇなぁ。」


と、イジワルく言ってみたがこんなハプニングならもっとあってもいいくらいだ!!と思っていた。

そして、『ほらっ』と手を出すと、一瞬戸惑った表情を浮かべた渚だったが、おずおずと手を添えてくれる。

多分コケたくないからなんだろうが、その渚の仕草に、思わず顔が緩みそうになった――。





だがその時、渚の胸の内が揺れに揺れまくっていたなんてコトを俺はまだ知るよしもない――。








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「いらっしゃいませ、長曾我部様。お待ちしておりました。どうぞ中へ。」



いつ来ても立派な店構えの前。

渚の手を引きながら暖簾をくぐると直ぐに和服姿の女将が出迎えた。


「"様"だなんて、柄じゃねぇスよ、喜多さん。しかも急に来ちまって…。」

「いえいえ、今や立派なお医者様になられたではありませんか。それに政宗様から直々のご連絡でしたし、当方としても丁度キャンセルがあったところでしたのでお気になさらぬよう。さあ、お部屋の準備は出来ておりますのでどうぞ。」



そう喜多さんに促され、店に入ろうとしたら、クイクイっと袖を引っ張られた。



「どうした渚?」


何か言いづらそうな渚の様子を感じた為、身を屈めると渚は耳元に近付いて小さな声で、


「…先生…ココ…スゴい高級そう…。」

「は…?」

「私…作法とか知ら…「…いいから来い。作法なんて俺も知らねぇ。」」

「ぇぇえ…?それでイイんですか!?」



小声はもう小声じゃなくなっていた。

しっかり喜多さんに聞こえていたらしくクスクスと笑われた。



「ええ、どうぞご自由にお召し上がりになってくださいませ。作法も大切な事ですが、何よりお料理を美味しく召し上がっていただく事が私共といたしましては本望で御座います故。」

「そうですか…?」

「ええ。」


そう喜多さんが笑顔で渚に言うと、渚も少しホッとした様子で漸く俺の袖から手を離した。



ほんっと正直なヤツ…。




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