君のその手を

□5章:重ねた手から伝わりますか?
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暫くして部屋の襖が開けられ、俺達の前に料理が運ばれてきた。


「ぅわ……スゴっ…。」

感嘆の声を洩らしたのはモチロン渚である。

次々と卓に並べられていく皿と喜多さんを交互に見ながらポカーンと口が開いていた。


「渚…口開いてんぞ…。」

その様子が可笑しくて指摘してやれば、


「へ…?」

間抜けな返事が返ってきた。

コイツ…贅沢なんてあんましてねぇんだろうな…。



世間から見れば俺は裕福な家に生まれた…と思っている。

正直、金に困ったコトがないし、こういう場所にも親父に幼少から連れられてきたことがあるから特別緊張したコトもない。

だけれども、目の前のコイツはズラリと並んだ料理を目を点にして無言で凝視していた。



「オイ…いつまで“にらめっこ”してるつもりだ?」


俺をほっといてドコに意識飛ばしてやがんだ。


「は…?あ、スイマセン。どれから食べようかな…っていうか…食べきれるかな…って…。」

「…さっさと冷めちまう前に食え。量が多かったら俺が食ってやるから。」


そう言うと、渚は足をきちんと正座に戻し、パチンと手を合わせて『いただきます。』と御丁寧に礼をした。



『作法は知らない』と言いながらも、ちゃんと礼儀はなってるとつくづく思う。

いかに厳しく育てられたかが垣間見えるようだ。

反対に、俺のほうが胡座かいて、頬杖ついて…

チラっと俺の方を見た喜多さんの視線がやけに痛い。




「…いただきます…。」


渚につられるように一言言うと、喜多さんは『フフッ』っと笑っていた――。





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「渚、美味かったか?」

「ええ、とっても。やっぱりこういうトコのお料理は手も込んでるし、素材も一級品ですね。」



デザートのシャーベットを口にしながら満足そうに言った渚。

後半、箸を進めるスピードが落ちた為、俺が助っ人して完食したというのに、やはりデザートは別腹らしい。女子の腹は謎だ。


「…俺のも食いたそうな顔してんな…。」

「え゙!?そんな顔してますか!?」

「分かり易いっつーの…ホラッ。」


と器を差し出せば、

『アリガトウゴザイマス…』と小声でゴニョゴニョと呟きながら素直に受け取り、ペロッと俺のシャーベットも食べ上げた渚。


「ごちそうさまでした。」


また手を合わせてご挨拶。



「満足か?おかわり頼まねぇのか?」

「おかわりですか!?いくらなんでもお腹一杯ですから!!」


『もう限界!!』と言わんばかりに手をブンブンと振る渚の姿は可笑しかった。




「さて…飯も食ったコトだしどうすっかな…。…ってオイ!!」


目を離すとすぐコレだ。

俺が手洗いから戻ってくると渚の姿がなかった。

グルリと周りを見渡してみれば、渚は外に池を見つけたらしく、その池の中の鯉を手を叩いて呼んでいた。

ココの従業員のモノだろうサンダルを勝手に履いて…。



しかしその情景は一枚の絵のようだった。

水面に反射した光が渚の穏やかな横顔を照らし、柔らかく吹いた風が渚の髪を揺らす。


ソコがまるで別世界のように見えた。


でも…もうちょい落ち着きがあってもイイ年頃なんじゃねぇか…?

まぁ見てて飽きないんだけどな…。



「渚ー遊んでると置いてくぞー!!」

「ぇえ!?ダメですって!!置いてかないでください!!」


俺の声にワタワタと渚は慌てて立ち上がり、俺の所へ戻ってくる。



「キレイな鯉がいっぱいいたんです!!」

「そうかよ…よかったな…。」



そんな嬉しそうに言うなよ…。

たかが鯉じゃねぇか…。


まぁ笑ってっからいいんだけどよ…。






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