君のその手を

□3章:響くのは誰の声?
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だが、時が経っても渚は初めて会った渚のまま。

距離感が変わらない。というか縮まらない。

大抵の女なら男に飲みに誘われたりしたら脈アリだとか思うんだと思ってたのに、俺は現在放って置かれている。



今日のように、渚を気が知れた仲間らとの飲み会に誘って連れてきても、酔い潰れて迷惑を掛けるようなコトは決してないし、むしろ幹事のように気を回したり介抱する側に徹していて。それに関しては猿飛も褒めていたし、助かっているようだ。


何故か医療従事者という種の人間は酒豪が多く、ここぞとばかりに日頃のストレスを発散させる。

真田の面倒だけでも大変なのに、周りも次々と酔い潰れたりするのだ。


大人しいと思ってたヤツが実は饒舌だったり、騒いだり、泣いたり、怒ったり、大胆になって誘ったり…

挙げ句の果てには脱ぐヤツもいる。



酔うと渚はどうなんだろうなー…


下心と期待を少し?孕みながらふと思ってしまった。





見てみたい。


そう思ったものの、俺の隣の席は渚の席としてしっかり確保してあるのに座っていたのは最初だけ。

これもいつものコトだ。

酒が進むにつれ、猿飛からヘルプ要請をされて例の如く男女の酔っ払い達に埋もれだし、渚とは離れてしまった。




『ああ!!かすがさん、兼続先生!今日も飲み過ぎですって!!』

『真田先生も小山田さんもココで脱いじゃダメです〜!!』

『谷先生、泣かないでください〜!!』



谷は何で泣いてんだ…?

しかも何で渚に泣きついてんだ…?

今日、俺からOpe中に怒られたのを愚痴ってんのか…?



猿までかすがに『うるさいっ!!』と怒鳴られながら箸投げつけられて泣きそうな顔してんし、アイツも中々報われない。


それに渚だって谷の野郎なんか放っておけばイイのに、渚にはそれが出来ないらしい。

まぁソレは彼女のイイところでもあるワケなのだが。




見ている俺が気が気でない。

ここぞとばかりに酔った勢いで渚に手を出すヤツがいるんじゃないかと目を光らせていた。

谷なんて特にどさくさに紛れてやりそうだ。

この前、『渚ちゃんって可愛いっスよね〜』って言ってたのを俺は聞き逃してはいなかった。







「渚ー。」

「あ、ハーイ。谷先生、長曾我部先生が呼んでるのでその話はまた後で聞きますね…。  


…先生どうしたんですか?」



谷の話を正座して聞いていた渚を『他の奴らは放って置いてココに座っとけ』と、渚を壁側の隣に座らせ完璧にガード。



「谷はなんで泣いてたんだ?」

「あー…、彼女にフラれちゃったんですって。構ってくれないからっていうのがフラれた理由みたいですよ。」

「まぁそりゃ彼女に構いたくても構う時間が無ぇってコトなんだろうけどな…っつーかオマエも飲む暇無かっただろ。ココでゆっくり飲め。」

「そんなコトないですよ?先生こそあまり飲んでないんじゃないですか?」

「俺?まぁ俺は自分のペースで飲むし、アイツらみてぇにはなんねぇなぁ。」

「…毎度ながら皆さんスゴいですよね…私もあんなに酔うコトはないですから…。」



渚の視線の先は勿論アイツら。

言う通り毎度毎度のコトながら、笑いと罵声が飛び交い、賑やかである。



「へぇ…オマエ、どんくらい飲めるんだ?いっつも控え目程度にしか飲まねぇよな?」

「…どんくらいって言われても…よく分からないです…。ビールは苦手なんですが…。」



確かにソレは知ってる。

いつもカクテル系やワインを頼んでたから甘い系が好みなんだろうと思ってた。



「…まぁイイ。とりあえず今日は飲んどけ。寝ちまってもちゃんと家まで送ってやっから。」


そう言って渚のグラスにワインを並々と注いだ――。























あれ…?



こんなつもりじゃ…












グラスの中を飲み干せばすぐに注がれるアルコール。

互いにそうして飲み交わしていたのに、だんだんと酔い潰れていく俺に対して、渚はほんのり頬を染めている程度で平然と笑っている。

ペースが落ちない。

負けじと俺も対抗するが、目の前には空のグラスやジョッキ、日本酒の瓶、ワインボトルが増えていくだけ…。


『よく分からない』


って言った意味は…



『いちいち覚えていないくらいの量だから“分からない”』




っていう意味だったとその時気付いた――。














もうその後の記憶は霞む程度しか覚えていない――。


…というか俺が先に潰れるなんてあり得ねぇコトなのに…。













ぼんやりとした視界――


渚のニコニコとほんのり頬を染めて微笑む顔を瞼の裏に閉じ込めて、身体の力が抜けるように睡魔が襲った――。







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