短編集
□Ag
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「…あれ?」
一限目は世界史である。
忘れていたわけじゃない、ちゃんと前日準備をした。きっちり記憶があるんだから、間違いない。なのに、なのになのに。
「教科書だけない…だと」
「バカだな」
「あーもう最…って高杉!?」
「よう」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら声をかけてきたのは、学校を代表する不良。その名も、高杉晋助である。ちなみに私の前の席。
「なによ、高杉は教科書何も持ってないでしょ」
「残念ながら持ってんだなァ、これが」
「!」
何も入ってなさそうな、ぺったんこの鞄を机に乗せると無駄に優雅に世界史の教科書を取り出した。なんだと。
大切なことなのでもう一度言うが、高杉は本校きっての不良だ。先生の好き嫌いがあるらしく、授業は坂田先生のけだるーい感じの国語と坂本先生の数学しか出席しない。そのうえ、坂田先生の授業は殆ど寝てるか机の下でゲームしてるか携帯弄ってるかのどれか。教科書もろくに持ってこなければ、ノートを提出したこともないだろう。
そんな高杉が。
珍しく朝から学校に来て。
世界史の授業を受けるため、
教科書を持ってきてる………
「嘘でしょ!そんなバカな!!」
「嘘じゃねーし、バカでもねーよ。お、ほら、先公来たぜ」
「うわっ、空気読んで先生!!」
「ドンマイ」
自慢げに親指を立てるもんだから、親指を折ってやろうかと思ってしまった。
HRは速やかに終了し、5分ほどで世界史の先生は来てしまった。借りに行こうと思えば行けるが、返すのが面倒くさい。それに世界史の先生は教科書をあまり使わないから、大丈夫なはず。ノートはあるし。
……という予想は、残念ながらハズレてしまった。先生とは鋭いもので、クラス内の雰囲気が不真面目になってくると教科書を使った授業をする。不真面目な生徒ほど教科書を持っていないから、思う存分叱れるってわけだ。
「はい、教科書176ページのグラフね」
あー、こんな日に限って持ってきてないとか悲しすぎる。いつもは持って来てるし、授業姿勢も真面目なのになぁ。
先生に近い生徒がまず、教科書は持ってこいと怒られた。前から順に回ってきて、とうとう私の番に。
「お前も忘れたのか!」
「…はい」
「必要なくても持ってくるのが普通だ「先生」っ、どうかしたか?」
「俺が奪ったんすよ、どうせ使わねェだろって。なんで、忘れたのは俺っす」
「あ、ああ、以後気をつけるように。教科書は返しなさい」
不良で問題児の高杉が真剣な表情で言えば、先生は慌てて教壇へ戻っていった。先生にまで怖がられてるとか高杉どんだけー、と思ったのは私だけの秘密。
高杉の嘘を信じた先生が言った通りに、高杉の教科書は私の手元にやってくる。指定された176ページを見ると、グラフの横に『国語の課題見せろ』の文字。
やさしいひと
(課題くらい、お安いご用なのに)
2010.12.12
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