話
□めまい
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それはある日の練習後。
「だっ、大丈夫ですか!?小日向さん!?」
重いチェロを脇に置き、七海があわててしゃがみ込む。重いものは取り替えず外す、とでも言わんばかりに、七海は咄嗟に彼女のヴァイオリンを受け取った。
「……だいじょうぶ……ありがとう」
そう言うかなでの目の縁には、だけれどもじんわりなみだが浮かんでいた。
(ど、どうしよう……!)
七海は焦る。
かなでが痛がるのは当然。
何しろ彼女は、盛大にすっ転んだのだ。それも、固い固いこのコンクリートの上で。
「えへへ、やっちゃったー……」
おたおたとうろたえる七海の横で、かなではゆっくりと立ち上がった。
その顔には、すこしの笑み。七海が好きな、その穏やかな。
だけれど。そんな彼女の制服から覗く白い手足には、たらりと伝う、真っ赤な血。
(!)
その様は、七海にすこしの目眩を起こさせて。
「あ、あの、よかったら手当てを――」
真っ赤になってそう言いかけた七海は、目を見開く。
彼が見たのは、かなでの背後。
固まってしまった七海の視線を。不思議に思ったかなでが、ゆっくり、追う。
「……貴様は馬鹿か」
かなでを見下ろしていたのは、冥加。その顔には、すこしの――怒り。
「冥加さ――?きゃっ!!」
かなでがおもわず悲鳴をあげた。
それは、余りの衝撃。
見ていただけの七海も、おなじように、悲鳴をあげてしまいそうだった。
何しろ、冥加は。
「み、冥加さ――!」
「……煩い黙れ」
ふたりは気付いているのだろうか。ここが、人気の多い元町通りだということに。