BL novel
□繋がっている
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雨が心地よかった。
このまま何もかも、私の手に付いた見えない汚れも洗い流してくれそうだ。全てを洗い流す役目を持っているのは私なのに、自然の雨に頼ってしまうようでは、これは雨の守護者失格だろうか。
別にいい。もう私には戦うこともできそうにない。――彼に、役目を渡す時が来たのだ。
感覚はもう麻痺している。なのに、何故この雨はこんなに暖かいのだろう。
「おい」
すぐ横の上の方から声が聞こえる。顔は動かすのが億劫だったので視線だけ移せば、ぼんやりと白い姿が見えた。髪の銀色しか見えず、表情がわからない。
「これはどういう意味だ」
その年下の青年の声に含まれているものはなんだろう。怒りだろうか。哀れみだろうか。
「…御主が、私を越した。それだけのこと」
「…越せてねぇ。その胸にある傷を付けたのはオレじゃねぇ。…オレが、お前より長く生きるだけじゃねーか」
「長生きした者勝ちという言葉、知らぬか?」
「……それで、テメェはいいのかよ」
少し言葉が詰まった。それを誤魔化すように、小さく笑う。
「はは……次は…絶対に勝…っ」
最後の言葉を出そうとしたところで思いっきり咳き込んでしまった。同時に胸に激痛が走る。血の味がさっきよりも増し、口の端から雨の水と混ざって流れ落ちた。
「…次って、いつだよ」
声が少し震えて聞こえたのは気のせいだろうか。
「…来世?」
「…バカが」
ずっと横で立ち尽くしていた青年はしゃがみこみ、私の顔を覗く。ボヤけていた顔の輪郭、表情が鮮明になった。眉間に皺を寄せて、唇を噛み締めて必死に何かを堪えているようであった。
重そうに口を開く。
「…寂しくなっちまうぞ」
彼の言葉に心底驚く。この青年は自分に素直ではなく、本音を出したがらない。
故にその言葉が出たことに驚きつつ、喜びが溢れてきた。
「…御主には、御主の主と、同僚がいるではないか」
はぁ…青年が息を吐く。
「…オレを熱くさせてくれる存在は、テメェだけだ」
唐突に、手の感覚が戻る。…手を、握られているようだ。
「もっと剣でぶつかり合いてぇよ」
「…来世で」
「欲をぶつけたい時は?」
「…一人で」
ひでぇ、と小さく笑う。
「…オレが逝くまでに浮気すんじゃねーぞ」
「ああ。…あ、御主の側に居るというのはどうだ?」
「それはそれで不気味だからやめろ」
酷いなと、今度は私が笑う。
再び咳き込む。さっきよりも激しく。
「………雨月、テメェの戯言に付き合ってやる」
「…?」
「もし転生するというなら……、
今度はオレが先に生まれる」
何が言いたいのかわからなくて、彼の目をじっと見つめる。髪と同じ銀色でまっすぐで濁りのない、私の好きな目だ。
「先に生まれて、来世のお前より強くなる。そして今度は、お前がオレを導いてくれたように、オレがお前を導いて……、先に逝く」
どうだ、素敵だろ?
そう言って、顔を近付けてきた。笑っていた。
けど彼の目から零れ落ちて私の顔に当たるこの水は、雨?
「…はは、いいな…それ…も……」
視界が歪んだ。瞼が自然と落ちていく。最後に感じたのは唇の温もりと
「…おやすみ、雨月」
涙声の、私が心から愛した人の声だった。