BL novel
□変わる世界と変わらぬ想い
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ザァッ…と、風が木の葉を揺らす。その流れに逆らわず、目の前の少年の短い髪も揺れる。その光景をなんとなく見てると、視界の端から葉っぱが飛んできた。それは目の前でくるっと回り、風が止むと同時にオレの足元に落ちた。それを見届けて、また少年の方に視線を戻す。
お互いにボロボロだった。…いや、ボロボロなのはオレだけか。少年は顔にいくつか湿布を貼ってるだけ。オレはそれに加えて更に腕に包帯を巻いている。こんな大怪我はリング戦以来だ。…あの時よりはマシだな。
この怪我には意味があったと思いたい。全てを終えることができた。長い闘いが終わった。全て元に戻れる。
目の前の…しゃがみこんで自分の匣兵器の犬と燕と戯れている少年…山本武も過去に帰れる。そして、こっちの時代の山本武も帰ってくる。それなのに……
何故オレはこんなに複雑な心境なのだろうか。
「…スクアーロ?大丈夫か?」
「あ゛ぁ゛?」
「さっきから難しそうな顔して…傷、痛むのか?」
「………」
黙って首を横に振っておいた。じゃあどうしたんだよと上目遣いで聞いてくる武の視線に合わせるようにオレもしゃがんで、こいつらしまえと命じる。
「次郎と小次郎か?なんで?」
「早く」
首を傾げながら二匹を匣に戻したところで、オレは右手を武の頬に添える。びっくりしてるその顔に感じていた懐かしさは、この一週間で薄れてしまった。アイツが帰ってきたら、今度はそっちが懐かしく感じるのだろうか。
「スクアーロ…?」
「………」
帰っちまうんだな、こいつ。帰ると同時に、剣一本でいくと決めた山本武は…消える。
帰ってくるのは…甘さの残った山本武。
やっと…、やっと手に入れたと思ったのに。やっと同じ道を…と思ったのに。
「武……」
腕を掴み、引っ張ってその身を抱きしめた。勢い余ってオレはその場に座り込み、武はオレの胸の中に収まる。やっぱり小せぇなと、なんとなく思った。
頬を染めてきょとんと見上げてくる武の髪を撫でる。
「なぁ武……お前を…
攫ってもいいかぁ?」
「………え?」
目を真ん丸と開いた少年はなんとも可愛らしく、思わず小さく笑う。オレも悪い男だぜぇ。
「だめかぁ?」
「……攫うって…?」
「そのままの意味だぁ。…お前を帰したくねぇ」
「…スクアーロ。オレは」
「帰るために戦ってたんだろ?わかってる」
じゃあ…と、小さな体を強く抱きしめる。
「…またお前に会いてぇ。剣一本でいくと決めた…お前に、会いてぇよ…」
「ッ……」
「なぁ…帰るなよ…離れるなよ……武……」
オレはこんなに我が儘だっただろうか。オレは何しに日本に来た?武が負けてイラついて、もう負けてほしくなくて強くなってほしくて。そうだ……もともと過去に帰してやらないととか、考えてなかった。
ただ…アイツに会いたい気持ちがあったのは事実で。
「スクアーロ…」
おもむろに声をかけた武に、耳を傾ける。
「ごめん……」
ああ、やっぱり消えちまうのか、完璧な剣士となった山本武は。
まぁ…野球をやってる武も、嫌いじゃねぇけどよ。
「なぁスクアーロ」
「なんだぁ?」
「…オレは、またあんたに会えるかな?」
「…さぁな」
「会えたらさ……好きになっていい?そんで、24歳のオレ、好きになってくれる?」
…きっと、この山本武の10年後は、オレの知ってる山本武と大差変わりないのだろうな。
そしてオレも…大差変わりないのなら…。
「…当然だぁ」
顔をあげた武の頬に口付けて、今まで唯一、避けていた口にキスをする。一瞬の行為だったのに顔が真っ赤になった武に、思わず吹き出した。
そんなオレに武はムッとなって、笑うなとオレの胸を叩く。
結局オレは、どんな山本武も好きなのだ。惚れたモン負けとは良く言ったものだぁ…。
武を解放し、立ち上がって崖の先から森全体を見下ろす。向こうの方に同僚の後ろ姿が見えた。…まだ平気だな。
「あのさ」
振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた武が真剣な顔でこっちを見ている。
「10年後のオレ…よろしくな」
口の端をつり上げる。
「たっぷり愛してやるぜぇ」
「え!そ、そういう意味じゃなくて!」
「なんだぁ、オレの愛はいらねぇか」
「い、いや、そうじゃなくて!」
そして声に出して笑えば、からかったのなと怒る。
再び、風が吹いた。足元の葉が舞い上がり、遠く、空の中に消えていく。
いつの間にか、複雑な思いも消えてしまっていた。
今あるのは、オレの知ってる山本武に会いたい、それだけだった。
fin.
100325.