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□何処にもいかないなんて嘘を
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何処にもいかないなんて嘘を
(吐かれた方が辛いなんて)




激しく水の落ちる音を聞いて目を閉じた。皇帝のいない謁見の間で一人激しい滝の前、ガラス越しにそれを感じた。ざあああああ。止まることのないその音に何故か安心感を覚えた。それが何故なのかはわからなかった。

明日からジェイドは暫くの間グランコクマから離れることになるらしい。
それは随分前から聞いていて何も今更な事ではなく。それに対して笑顔で行ってこい、と言ったのも何も昨日今日の話ではない。
どうやら各地を転々とするらしく、1か月2か月そこらでは帰れないだろうとジェイドが言っていたのを自分は多分ちゃんとは聞いていなかった。わかっていたのだ。だからジェイドの口からその言葉を聞きたくはなかったのだ。

(その言葉が嘘だということぐらいわかっていたから)

本当はどこかに戦いに行くらしい。それが危険なのだと言うことも自分は知っている。生きて帰れないかもしれないことぐらい自分もわかっている。詳しいことはわからない。けれどそれぐらいは知っている。
彼が嘘をつくことぐらいはわかっていた。けれどこんなことしっているなんて彼は知らないだろう。

ジェイドはその話をする度に大丈夫かと聞いてくる。もちろん大丈夫だ。大丈夫なのだ。仕方のないことだとわかっている。割り切れない自分じゃない。こういうのは得意だ。

それなのに。

普段、彼は自分に我儘をいうように言ってるけど、こんなこと言ったってしょうがないじゃないか。

( 『行かないでほしい』なんて )


滝の音の中に少しだけ地面を蹴る音が聞こえる。聞きなれたその音に振り向けばにっこりと笑う彼と目が合う。それに少しだけ自分も笑い返せば、止めていた足を彼は動かして隣に立つ。流れる滝は美しい。
「好きなんですか」
その言葉に案外そうなのかもしれないと返せば曖昧ですね、と笑われた。
綺麗だと思う。水の流れゆく音や様子は静かなものから激しいものまで全て。けれどなによりも。
同じところをずっと流れるその姿こそが自分は好きだった。
嘗ての故郷は水に囲まれた島だったからか、変わらないそれがあの時は当たり前だったけれども。それでも今思い出せばそれすらも愛しいのだ。
毎日を繰り返し流れゆくその様子が愛しくて尊かったのだ。
好きなんだろうな。そう言えばそうですか、とジェイドは小さく頷いた。他には何も言わなかった。ただ黙っていた。
少しだけ、その沈黙が切なかった。

「明日からだな」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。どちらかといえば独り言に近かったそれにそうですね、と返事がついた。
陛下が暫く寂しがりそうだ。そう告げればそれはあなたもでしょう、とからかわれる。
「大丈夫さ」
その時の少しだけほっとしたジェイドの顔に少しだけ自分も笑って。ガラスに指先で触れる。無機質なもののその冷たさがじわりとそこだけを侵食していくのに(心臓まで凍りそうな)(錯覚がした)
「旦那はどうなんだ、なんて聞いたら駄目かい」
「――――寂しいですよ」
即答されたその言葉に一瞬息が詰まる。
そうか。自分にしか聞こえないぐらいの声で呟いたそれに、そうです、とまた小さな声が聞こえた。
すっとジェイドの指先が自分の掌をなぞる。それをぎゅ、と握れば同じように返された。

(この手がずっと離れなければいいなんて)(ちっとも思ったりしないさ)(嘘じゃない)

( 嘘じ ゃ ない よ )

「なるべく早く帰ってきます」
浮気なんてしないでくださいよ、とからかうジェイドにどうやって浮気するんだよ、と笑い返す。ガラス越しに見えるジェイドの表情もよくみれば笑っていて。
あなたにそんな器用なことが出来るとは思いませんが、とかそんなことしたらお仕置きですよ、なんて。笑いながら続けるジェイドにひとつひとつに返事して。
俺にはあんただけだよ。
そう告げればきょとんとした表情の後、くさいですね、とジェイドは一層嬉しそうに笑った。

「キス、してもいいですか」
「今更聞くなよ、おっさん」
失礼、と苦笑の後近づいてくる顔に、目を閉じてそれを受け止める。ジェイドが。(繋ぎ合った指先の少しの震えに気付かなければいい。)

向き合って頬を撫でるジェイドの掌が気持ちよくて。じっと見つめあう。小さくジェイドは口を開く。言葉を発する為に。
それは一層激しく落ちた滝によって遮られたけれども。


本当は、

「 寂しいなんて聞きたかったんです 」


確かに聞こえたその声に聞こえない振りをした。


そろそろ戻ろうか。そう言ってつま先を扉の方へ向ける。そうですね、と同じく向きを変えたジェイドの数歩前を自分が歩く。これ以上は彼の声が聞きたくなかった。
それは自分の中の何かが崩れてしまうからだと気づいて、振り向くことさえも怖くなった。
それなのに。

「ガイ、私はずっとあなたの傍にいますから」
告げられたその言葉に思わず振り向いた。優しすぎる彼の表情が痛くって。

「馬鹿じゃないのかっ」

軍人なのだ。国を護るのが勤めで、国民を守るのが義務。そんなことはわかりきっている。
だからそんな嘘を吐く位なら。



行 か な い で よ !

(明日も滝は流れるだろう)
(あなたが居ても居なくても)

流 れ る だ ろ う



選択式御題(http://www.geocities.jp/monikarasu/)

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