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□苺をのせて召し上がれ
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クリームたっぷりのショートケーキに、ベリーたくさんのパイにタルト。どれも甘ったるい匂いを漂わせて、けれど。
「あんた、それ全部食べるつもりなのかい」
「ええ、ガイも一緒にどうです?」
「・・・遠慮しとくよ」
食べるのが35歳の軍人というのは如何なものなんでしょうか。





フォークで奇麗に小さく分けられ、すっと口に運ぶ。口元にクリームがつくというベタなことは流石に無かったけど、おいしいと感嘆の声をあげたのは自分よりも14歳上の男であって。
「きついよな、色々と」
「失礼ですね、人の好みにケチをつけるとは」
ぶーぶー、と仲間であった彼女の真似をするジェイドに些かひいた。(おっさんがするべき仕草じゃないだろう!)

「これをジェイドのところに届けてくれ」
ブウサギの散歩も終わって、さてこれから次の仕事をしよう、と思った矢先、陛下に頼みがあると言って止められ、言い渡されたのがこの仕事だった。ジェイドへ、と渡されたのは書類の束で、ああこれはまたややこしそうなものばかりだ、と少しばかりジェイドに同情をした。(書類の一番上に書いてあった文字はブウサギ予算について)(こんなことしてる暇があったらもっと他の仕事をしてくれればいいのに)
暫く歩いてジェイドの勤務室の扉の前で立ち止まる。こんこん、と数回ドアをノックして、入れと返事がするのを合図に、ドアノブを回す。と少し扉を開けただけで漂う甘い匂いに首を傾げる。一体何をしているのだろうか。いつもならばこのような甘い匂いがたつような事はなく、それこそ気にもなるような匂いなどひとつもないはずで。気になりつつも扉を完璧に開けるとその疑問の答えが明らかになった。
そして冒頭に戻る。
「まさかあんたが甘党とはねぇ」
そういえば旅をしていた時もたまにパフェを作っていたのを思い出す。その時は女性陣を喜ばせるためかと思っていたが、よくよく思い返せばレシピもないのにパフェなど作れるはずもなく。だとしたら考えられるのはこのおっさんが、パフェが好きだからこそ作れるという答えだった。ああ、なんとなく間違ってる気はしない。寧ろそうなのだろう。目の前で美味しそうにケーキを平らげる姿を見てみるとその答えが合っているのだと暗にいっていて、少しだけ苦笑する。
「頭を使うとですね、甘いものが欲しくなるんですよ」
まあ好きだからというのもありますがね、とジェイドはまたケーキを口に運ぶ。1ホールあったショートケーキはもう半分ぐらいしかなく、その速さと甘いものを食べ続ける彼に胸焼けがした。少しだけ気持ち悪い。せめてこの甘ったるい匂いをどうにかしようと窓を開けると、涼やかな風の匂いが入り込む。窓から少しだけ身を乗り出してその空気を胸一杯に吸い自分を落ち着かした。(別に甘いものは嫌いじゃないが)(物には限度ってものがあるだろう)
「それで、ガイは何をしに来たんです」
「ああ、陛下から少しお使いを頼まれてね」
ジェイドの隣に立って持っていた書類を机の上に置くとジェイドがそこに書かれている文字を見て眉を潜めたのがよくわかった。大方陛下の馬鹿な提案に対してだろう。それ以外にジェイドがそうする理由が思いつかなくてまた苦笑する。
用事も終わったことだし、それじゃ退散するよ、と扉の方へ向かおうとして、名前を呼ばれる。何かあったのかと振り向くと、ジェイドは先ほどの書類をすべて机の隅にどかして(それはもう乱暴に)ここに座ってください、と彼の膝の上を指す。意味がわからなくて(というより恥ずかしくて)思いっきり拒否するとジェイドがやれやれと首を動かす。その瞬間。
「うぉっ」
「年寄りの言うことは聞くものですよ」
思いっきり引っ張られて、気付いたら膝の上に座らせられる形になっていた。むちゃくちゃ恥ずかしい。離れようとして体を動かそうにも、腰を強い力で押えられていてはそれもかなわない。仕方なしに(不本意だが)ジェイドの膝の上向き合う形でそのままでいることにする。(ジェイドがにやにやしているのはきっと間違いじゃないはず)
「一口どうぞ」
そういって口の前に出されたのはジェイドの食べかけのショートケーキ。言われるがままにそれを口に含むと甘い味がした。
「おいしいですか」
「ああ」
おいしい。そういうとジェイドは嬉しそうに笑って、有名なお店で買ったのだと告げる。なるほど、確かにそこらへんのショートケーキとは違って滑らかな味がするわけだと納得する。見た目も奇麗である。
「そういえばガイ、これよりももっと甘いものがあるんですが、ご存知ですか」
そう聞かれて首を傾げる。少し考えてモンブランとか、エクレアとか、そんなのか、と聞くとゆっくり首を横に振りながらいいえ、と否定される。
ケーキよりも甘い、となると、お菓子では限られる気がする。もしかしたらあずきを使ったお菓子(羊羹とか饅頭だとか)だったり、チョコレートだったり、といろいろと浮かんで、けれどそれらも否定された。
「お手上げだ、一体なんなんだい?」
「私はあなたとあって初めて見つけたのですが」
といって目の前に苺を差し出される。はい、と言われたからには食べろということなのだろう。口に含むと僅かな酸味と甘味が混じり合う。これも美味しい。
と、気付けば目の前にはジェイドの顔が迫っていて、吃驚して思わず後ろへと逃げようとするが、そんなことをジェイドが許すわけもなく。
ちゅ、と軽くキスをされた後、思わず反論しようとして開けた口にまたキスをされる。今度は深い、舌を絡めるようなキスに、後頭部を掌で支えられていては逃げれるはずもなく。ぐちゅぐちゅ、と舌を絡められて吸い取られ、終わり際には口内にあった食べかけの苺を器用に盗まれた。
ジェイドの顔が離れるとお互いの唇を繋いでいた唾液の混ざった糸がぷつんと切れる途端、ふぅ、と熱っぽい吐息が自分の口から零れて恥ずかしくてたまらない。それを誤魔化そうとしてジェイドを睨みつけると、にっこりとジェイドに微笑まれた。怪しいぐらい嬉しそうな顔で。
「ほんと、何よりも甘くて美味しいですよ」
そういって唇を指で突かれる。一瞬何の事かわからなくて、けれどそれが先ほどのジェイドの答えだとわかると一気に顔が熱くなった。
「ば、っかじゃないのか!」
「おや、酷いですね。傷つきました」
言ってるわりには全然傷ついてなどいない顔で。くすくす、と笑われては逃げたくて堪らなくなる。じたばた、と多少乱暴に暴れて、けれどもそれを片手で押えられてしまった(そんな力どこにあるんだよ!)らどうしようもなく。

「極上のデザート、食べてもよろしいでしょうか」
ああもう聞かないでくれ!(恥ずかしくて死にそうじゃないか!)

ゆっくりと近づく唇に甘い錯覚が起きた気がした。





苺をのせて召し上がれ
(最後まで残さず食べて)


ハッピーバレンタイン!

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