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□かまって、と兎が鳴いた
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ぎゅ、と後ろから抱きしめられて思わず振り向くとキスされた。(酷く久しぶりに感じたのは多分気のせい)



どうした、と問えばなんでもないです、と返される。ソファーに置いてある本をとって、ゆっくり座りなおし、こちらをみてにこり、と微笑まれる。それは今日2度目のことだった。特別なにかがあるわけでもなく、ただ抱きついてはソファーに戻るその行動がわからなくて少しだけ疑問を持った。が、そうか、と返してまた音機関と向き合う。(その時にジェイドが少しむくれたのには気づかなかった。)
この音機関は今日中にどうしても完成させておきたかった。だからこそジェイドが来てくれている中申し訳ないが弄っている。かちゃかちゃと音機関同士がぶつかり合う音が静かな部屋の中響いていたが、それさえもが気にならないほどに集中していた。完成までもう少しである。だからこそ気付かなかった。ジェイドがまた後ろに立っていたことに。

ぎゅう、とまた、今度は強く抱きしめられて振り向く。一体どうしたというのだろうか。目が合ってどうした、ともう一度問えば今度は無言で痛いぐらいに抱きしめられる。自分はいったいなにをしでかしたのだろうか。彼の機嫌をそこねるようなことをしただろうか。仕方なく作りかけの音機関から手を放してジェイドに向き合うと、今度は真正面から抱きしめられた。よくわからない。
「な、ジェイドどうしたんだ」
そう聞くとまたも黙られる。仕方ないから抱きしめてくる背中をぽんぽん、と叩いてやると、少しだけ力が弱まった気がした。と思えば、今度はにっこりと顔が目の前に詰め寄ってきて思わず後ずさりそうになる。(それはジェイドの抱きしめによって叶わなかったのだが)
「ガーイ、わかりませんか」
そう聞かれて、何がと聞きそうになったがやめた。恐らくそれはジェイドがどうしてこんな行動をするか、の答えを求められているのだということはわかった。しばらくうーん、と考えて、結論として「寂しかったのか」と問えば肩に顎を乗っけられた。
「ん・・・」
ぺろり、と耳を舐められて思わず声が上がる。その声を合図にするように耳に歯を立てられてその感覚に思わず身を捩る。その後もしつこく耳だけを責められて我慢できずに嫌だ、と抗議の声を上げると最後に一回、耳たぶをねぶられて終わった。呼吸が乱れて少しつらい。
「当たり、です」
寂しかったんですよ、と言ってジェイドは笑う。少し寂しげに。35にもなってなにいってんだおっさん、と軽く返すと人間は何歳になっても人を求めるんですよ、と当たり前の答えを返された。それもそうである。彼だって人間なのだ。
「悪かった」
「いーえ、いいんです」
換わりに私を構ってくれますよね、といわれて、即答ができない。(その時のジェイドの視線が痛い)ちらり、と音機関を盗み見すると横から手が伸びて音機関をどかされた。
「ジェイドっ」
「ガイ、音機関と私とどちらが大切ですか」
「それは、ジェイドだ、けど」
言葉を濁すと思わずため息を吐かれる。それもそうだろう。もういいです、と不貞腐れてしまったジェイドに思わず苦笑いが出た。
「どうせ貴方の初恋だって音機関なのでしょう」
「お、音機関に初恋って」
「初恋には何したって敵いませんよ」
やれやれ、とそういってソファーに座ってまた本を読み始める。なんとなくだが拗ねている気がして少し笑えた。(このおっさんでも拗ねることだってあるんだな)(なんていったら怒らせてしまうかもしれない)仕方ないから暫く机の上の音機関とにらめっこして、けれどそれを机の中にしまう。ぱたんとすべてを片づけ終えると、ジェイドの方へ向き直す。機嫌を直す方が優先だ。
「ジェイド」
「なんです」
「そっちいってもいいか」
そう聞けばジェイドの視線は机の上へ向かって、けれどそこに音機関がないのを確認すると(少しだけ嬉しそうに)(多分普通の人がみたらわからないのだろうけど)いいですよ、と本を横に置いた。置かれた本と反対側の人一人分はあるだろうスペースへと手招きされ、ほんの数歩で辿り着いたその少し硬めのソファーにゆっくりと腰掛けると赤い瞳と目が合う。それを合図のようにしてどちらからともなくキスをすると、ゆっくり掌が頬を包む。音機関にはない、決して高くはない暖かさと指先の冷たさが心地よい。
触れ合うだけのキスを終えてまた向き合うとふわり、と優しく微笑まれる。
「ガイ」
「構ってくれますか」
聞かれてわかった。どうやらこのおっさんは相当寂しかったらしい。(けれどその言葉が嬉しかった自分もこの体温が好きでしょうがないみたいだ)目の前の首に腕をまわして額をくっつけると、ジェイドが少しばかり驚いたようで、それがなんだか嬉しくて堪らない。
「寂しくて死なれても困るから、さ」
そう言うと私は兎ですか、と苦笑が返されたもんだから笑ってやった。



この時間が寂しがり屋の彼が全てが愛しくてたまらない。まったく、初恋には敵わない。




かまって、と兎が鳴いた
(さみしいと死んじゃうよ)

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