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□その日、幸せの音を聞いた
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あなたの中に私の好きが詰まっていく(それは少しずつ蓄積していく
あなたが私の好きを作っていく(それは私の中で少しずつ増えていく





「ジェイド」

呼ばれて振り向くと短い金の髪を揺らしながら自分にかけてくる姿がある。その場で足を止めて自分より10以上も若い青年を待つと彼は少しだけ嬉しそうに笑った。
もともと走ることが得意な彼が珍しく息を切らしながらやってくるものだから何があるのかと思って不審そうにその顔を覘くと目が合う。青の瞳は一瞬瞼によって遮られたものの、また見つめ返すかのように視線が交わった。それをあくまで自然に逸らして彼に「どうしたのか」と問えばにっこりと笑って告げられたのだ。

「今日は旦那の好きな豆腐料理にしようと思うんだが一体何がいいかい」

あまりにも軽い内容のそれに一瞬唖然として、けれども悟られないようににっこりと微笑み返す。

「おやー、あなた確か豆腐嫌いじゃありませんでしたか」
「まぁな、出来れば触りたくもない」
「それはそれは」

それなのになんでまたいきなり豆腐料理を作ろうと思ったんですか、と問えば、消費期限が迫っているのだと、当り前の返答が返ってくる。
それに少しだけ残念そうに反応をしめすと興味ありげに青年の眼がこちらをじっとみるものだから。

「ガイが私のために豆腐を御馳走してくれたのかと思ったんですがねぇ、残念です」

ふざけて、そう耳元で囁けば気味悪い、と冷たい反応が返された。



いつだったか、彼が豆腐を嫌いなのだと知る前に、マーボーカレーを夕食に出したことがある。
誰もがおいしいと言ってくれる中、彼だけはゆっくり少しずつ口に入れるものだから嫌いなのだろう、と問うた時にせっかく作ってくれたのにごめん、と眉を下げて謝られたことがある。
そういえば、彼はどんな時でも豆腐を料理に混ぜようとはしてなかった事にその時気づいた。それほどまでに嫌いなのだろう、全部食えというのは余りにも酷だから少しぐらいなら残してもいいですよ、と言えば、もったいないから全部食べると情けない顔で言われた時には思わず笑ってしまいそうになったのを覚えている。
彼の顔があまりにも情けなかったからではない。別の何かが心中を渦巻いて、渦巻いていたそれが嬉しいという感情なのだと気づいた時には彼はカレーとにらめっこの続きをしていた。

自分の好きなものが彼の中に入っていく度に、それはとくんとくん、と音を奏でた。



「何でもいいです」
「そうかい、じゃあ適当に作らせてもらうよ」

何でもいいってのが一番大変なんだけどな、とへらりと笑う彼に、期待してます、と言えばまたにっこりと笑い返された。その笑顔に触れてしまいたくなったけど触れない。何かが体内を満たすと同時に醜いまでに欲しがる心が触れてしまえば崩れてしまいそうだった。

すっと来た道を帰る彼を見て、少しだけほっとしたような、けれど空白が責める感情に押される。
それには気付かない振りをして、手に持っていた本に挟んでいたしおりのあるページを指でそっと開く。

その瞬間に。



「頑張って旦那の好きなもの作るから、ちゃんと残さず食べてくれよ」

―――――ああそれは反則だ。

遠くから叫ばれたその言葉に適当に返事をして振り返った彼の背中を見送った。



本当に好きなものはまだ食べれない。
いつか食べれる日は来るのだろうか





その日、幸せのを聞いた

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