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□視線
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絡まって溶けてしまえばいいのに



青学に届けてほしいものがあると言われたから、言われるままに届けに来て今手塚君と話している。
手塚君は俺が話すと一言相槌やら返事やらしてくれて、案外話しやすくって吃驚した(なんて言うと酷いかもしれないけれど)
どんな質問にだって答えてくれるし、冗談をいえば彼なりの言葉で返してくれる。それが嬉しくて笑ったら手塚君も笑ってくれて、更に嬉しくなった。


だけどもただひとつだけ、聞けない事がある。
でも聞いてしまうには勇気がまだ全然足りない。


そろそろ帰ろうかと思った矢先、ぴりりり、と手塚君の携帯が鳴ったから「部活中は電源オフがマナーだよ」と俺らしくもない注意をしてみる。
手塚君はすまない、と一言断って通話ボタンを押した。途端微量ながら聞こえてくるあの人の声がどうしようもなく(悲しくて怖かった)
ぴ、と会話を終えた音がしたから手塚君が謝る前に急いでまたね、ってその場から逃げだす。もっとスマートに逃げることができたらよかったのに。見たくない現実から早く離れたくてそんなことなんて頭から抜け落ちていた。

(電話から聞こえてきた声が発したのは「もうすぐ着く」。こなければいいのに)




大会で手塚君と彼が試合したあの時、どうしようもなく彼との距離を感じてしまった。
二人だけの世界を目の当たりにしてその試合に感動した半面、手塚君に嫉妬した。
彼に気に入られて、誰よりも見つめられて。それがどういう意味であれ羨ましくてたまらなかった。

彼の視線が欲しかった。




急いで校門をぬけてバス停で次のバスを確認をする。後5分、大丈夫彼はまだ来ない。

「なんか俺、すっごい間抜けかも・・・」

苦笑が漏れた。






「おい」

聞こえてきた声に固まった。急いで顔をあげると不機嫌そうな跡部君がそこに立っていた。
バスが来るまで後3分。たかが3分が今ではものすごく長く感じる。

「やあ、手塚君にでも会いにきたの?」

必死で出した声は震えてなくて安堵した。案外お芝居とかむいてたりして、と少しだけふざける余裕もあった。
彼の顔は未だに不機嫌そのもので、流石にそれを指摘する気力はなかったけれど。

「なんでお前がこんなところに居る」
「俺だって手塚君に会いに来たんだもん」

ふざけて言えば跡部君はさらに不機嫌になって。笑うに笑えない状況が逆に笑えた。
案外素直じゃないか、跡部君。

「お前、手塚に会うな」
「別にいーじゃん、君の邪魔はしないよ」
「あーん?」
「それに俺もう帰るからさ」

にっこり笑えてしまったら冗談に出来たかも知れないのに、頬が強張ってそれが出来ない。
バスが角を曲がってこちらに来るのが視界に入る。
あとほんの少し我慢すればいい。


「ほら、はやく会いに行きなよ。手塚君待ってるよ」

しっし、と手を振ってみる。強張ったままの頬を無理やり動かして笑って見せた。


「・・・馬鹿だな」

手を掴まれて馬鹿にされる。軽く混乱気味の頭は何も言い返せなくて、ただぽかん、と彼を見つめるしか出来なかった。
本当に馬鹿だ。これでは君が好きだってばれてしまう。もしかしたらばれてるのかもしれない。
彼の眼が俺をみつめていることが嬉しいはずなのに。
(でも今は見られたくない、会いたくなかったのに)

真後ろに停まったバスがぷしゅーとドアを開ける。その音に気付いて「俺もう帰るね」と、彼の手を払おうとした。





途端、ものすごい勢いでキスされた。



「・・・はい?」
「じゃあな」

何にもなかったように去られて、ただそこに突っ立っているしか出来なくて。

バスの運転手が乗りますか、と声をかけてくれてやっと足を動かせた。



唇はまだ熱い。

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