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□恋愛は油性インクで
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こぼしたインクは拭き取れない
ならこれは色あせる事はあれど取れる事のない「何か」




恋愛は油性インクで




「ごめん、零した」

そういった千石の白い学ランは橙に染まっていく。それに半比例してコップの中のジュースは減っていった。
ほおって置いたらきっとこのまま中身が無くなるまでそのままでいるつもりなんだろう。
仕方ないので俺が変わりに、別に焦るでもなくゆっくりとした動作でコップを持ち上げるとにへら、と千石は苦笑した。

「ごめんねぇ」
「そう思うなら早くどうにかしろ」
「いやだってさぁ、下手にすると余計に変になりそうだったからさ」
「これ以上どう変になるんだ」
「それもそうだよね」

中身の減ったコップにはまたオレンジジュースが注がれる。
少しは懲りたのだろうか、ぎゅっと両手でコップを持つ千石はその仕草の所為か幼く見えた。

「ねぇもしもさぁ、このまま色が落ちなかったらどうしよう?」

ゆっくりと目を閉じて落ち着いた口調で千石は話す。不安げな音声ではあったがそれはあえて無視をする。

「たかがジュースだ、とれねぇわけがねぇだろうが」
「そうだよね、や、でもさ、もしもがあるじゃん」
「そんなのねぇよ。だが、もしもあったらその服は二度ときねぇ」
「あはは、きみはそうだよね」

こくりと千石は中身を啜る。コップに少しだけ垂れたオレンジ色を舌で少しだけ舐めとる動作は少しだけ色っぽくて、視線が逸らせなかった。








「ねぇ跡部くん、油性マジックない?」
「何に使うつもりだ」
「ん、ちょっとね」

空になったコップをテーブルの上に置いて黒のマジックを右手に千石は隣に座った。

「手、貸して」
「お前、くだらない事するつもりだろう」
「くだらない・・・こともないよ?」
「嘘をつくな」
「ね、お願い」

ぱん、と手を合わせて上目遣いでこちらを見やる千石がなんとも言えなくて仕方なしに手を差し出す。
どうせ、されることはひとつだ。
そんなことはわかりきっていた。


ゆっくりと歪な文字が皮膚を黒く染める。
くすぐったい様な切ないような、いろんな感情が少しだけ顔を覗かしてすぐに消えた。


「出来たよ」

恐る恐る顔を上げる千石の頭に差し出した手をぽん、と乗せると千石は安心したかのように笑った。

「やっぱりくだらねぇじゃねぇか」
「だって、やっぱね」
「最初からこんなの答えが決まってんだよ」

そういって千石の手を強引に引き寄せ、持っていたマジックも取り上げる。
ふたが開けられたままのマジックの先を少し汗ばんでいる手の平につけると驚きながらもくすぐったそうに身を捩じらせていた。

「ほらよ」
「なんか恥ずかしいよ」
「もとはてめぇが書いたんだろうが、我慢しろ」
「嬉しすぎて我慢なんてできませーん」

くすくすと笑う千石の頭を掴んで触れるだけのキスをした。

「これ、消えなきゃいいのにね」
「それは俺ら次第だろ」





『俺の事をずっと愛してくれますか』

『なら俺の傍から離れるな』




頼りなさげなお互いの文字が可笑しくて笑えた。

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