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□教えてハニー
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何でもない、いつもの風景であった。
 リョーマがゲームをやっている後ろで、桃城がマンガを読む。それは部活の帰りであったり、日曜日や土曜日であったり。そんな違いこそあれど、二人がする事はいつも同じである。時折、リョーマがゲームのアドバイスを桃城に求め、それについて多少議論する程度である。
 それは今日も同じだったはずで、リョーマもそう思っていた。
 しかし、この日。
 梅雨も明けようか、と言う土曜日に、爆弾は桃城の手によって投下された。
 「なぁ」
 「……何すか」
 ゲームの画面から目を逸らす事もなく応えると、桃城はリョーマの横で正座をして、いつになく真剣な表情で詰め寄ってくる。何だろう、と思いながらも、ゲームが佳境なのでやはり桃城に視線は合わせない。すると、桃城がこう言った。
 「セックスって、した事あるか?」
 ミスった。
 あまりと言えばあまりの発言に、リョーマはコンボを決めそこない返り討ちにあってしまった。あともう少しだったのに、と言う怒りを込めて桃城に向き直ると、ため息をついてから返す。
 「……オレ、十二っすよ。あるワケないじゃないっすか」
 「だってお前アメリカ帰りだろ、帰国子女だろ?向こうはそう言うの進んでるし、あるかもって思ったんだよ」
 「ないっす」
 「興味ねぇ?」
 「興味あんのは、桃先輩の方でしょ」
 「まーなー」
 照れ笑いを浮かべ、桃城が鼻の頭を掻く。
 そんな彼にため息をついて、リョーマはエンドを選んでゲームを終了させた。少し未練はあったようで、ゲームの電源自体は消そうとしない。
 「あんまイイモンじゃないと思いますけど?」
 「やった事もないくせに、そう言うのはいけねぇな。人間何事も前向きに、ポジティブに楽しく生きていかなきゃ」
 「……オレ、オヤジから性教育は必要以上に受けてますんで」
 「…………は?」
 苦虫を噛み潰したかのような表情で言うリョーマに、桃城は意味が分からない、と言う表情で聞き返した。すると、リョーマは家庭の恥だ、と言わんばかりの刺々しい口調で、しかし淡々と己の環境を桃城に説明する。
 「ウチのオヤジは、本当に坊主かって言うくらいのエロオヤジなんす。そんで、物心ついた頃には、母親には内緒でAVやら何やら見せられて育ちました。大きくなってから絶対に損はないって、ゴムの付け方から性病対策まで。まだ十歳にもなってない子供に対して、そこまで教える必要あります?無駄な知識が多いせいで、今更普通のセックスになんて夢抱けませんよ」
 「……………………」
 桃城が今の発言でつっこみたいのは、“普通のセックス”と言うくだりである。桃城にしてみれば、セックスは全て“普通の”セックスだ。普通でないセックス、と言うものが想像できないし、知りたいとも思わない。賢明な判断であろう。
 「ふーん……まぁ、羨ましいんだか何だかって感じだな」
 「……まぁ、でも……桃先輩が相手なら、別に構わないっすよ」
 「え、マジで?」
 「えぇ」

  ……………………。

 「……は?」
 「よーやく気付きましたね、変だって事が」
 無表情に言うリョーマに、桃城は変わらず硬直したままである。それは当然と言えば当然であろう。今リョーマは「桃先輩が相手なら」と言った。しかし、自分は男でリョーマも当然男。その二人が、一体何をすると言うのか。
 第一、それは既に“普通のセックス”でない気がするのだが。
 「え、越前?何、俺ならって……その、どう言う……?」
 「そのままっすよ。オレ、桃先輩の事好きですし」
 「好きって」
 「だから、そのままっすよ。で、どうします?します?オレは構いませんけど」
 構いませんけど、と言われても、こっちが困ってしまう。第一、女の子とのエッチもまだだと言うのに、ここで誘われるがままにリョーマとしてしまうのは、彼に対しても失礼ではないだろうか。いや、確かにセックスに対しての興味は大きい。幸いリョーマは小柄だし、あまり男を感じさせない。それならば、と思ってしまう自分がいるのも確かだ。
 そんな桃城の迷いを悟ったらしい。リョーマが言った。
 「じゃあ、セックスの前段階とかならどうですか?」
 「そ、それなら……って言うか、お前はそれでいいのか!?」
 「だから言ったでしょ。オレは桃先輩の事好きですし、願ったり叶ったりっす」
 「……………………」
 セックスの前段階……。
 確かに、いきなり最後まで進むよりは、そう言う所から徐々に慣らしていった方がいいのかもしれない。相手が男のリョーマである、と言う事を除けば、何ら支障はない。
 ……まぁ、それが一番大きな支障である事は間違いないのだが。
 「……男だから、嫌っすか?」
 「えっ」
 「桃先輩の気持ちも分かりますよ。オレだって、桃先輩以外の男なんて嫌っすもん」
 淡々と、しかし何処か悲しげに呟くリョーマに、桃城は慌てて弁解した。いつも自信家の彼にそんな顔をさせている自分が、少し許せなかったのである。
 「い、いや、俺だって……そりゃ、お前だから悩んでるワケで……」
 「本当っすか」
 「嫌いじゃねぇし、男っぽくもねぇし?お前となら、できるかもなぁって気は……」
 「じゃ、しましょ。決まり。用意してきます」
 「えっ、あっ、ちょっ……!」
 嬉々として言い置き、リョーマが一度部屋を出て行く。慌てて呼び止めるが、彼が聞く耳を持つはずもなく、言葉は空しく床に落ちた。
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