09/09の日記

00:57
9/9 おかえりボス記念(※再利用)
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「てめぇ、脇が甘ぇ!そんなんじゃすぐやられちまうぞぉ!!」

 屋敷内にある中庭に大きな声が響く。
九月に入りさすがに盛夏のような日差しではないとはいうものの、屋外で三時間近く激しい武術訓練を行っていた隊員たちの中にはふらついている者もいて、スクアーロは舌打ちした。
見上げれば頭上にあった太陽は少し傾きかけており、彼はへばっている隊員たちに向かって明日はもう少し気合いを入れろと言い残し、その場を後にした。
そして自室に戻るとすぐに後ろで結んでいた髪を解き、汗ばんだ身体をシャワーで流した。肌についた水滴を軽く拭ったあとローブを羽織り、髪を拭きながらベッドへ腰を下ろす。そうして小さく長いため息をもらした。

 八年前のクーデターに失敗し、謹慎期間を経てもなお本部からの冷遇が続く中、重要な任務が回ってくるわけでもないヴァリアーに急を要する訓練は必要ないとはいえ、だからといって何もせずにいれば忽ち隊員たちの志気が下がってしまうことを次官である彼はよくわかっていた。そんなことだけは何があっても避けなければならない。今は不在の、主であるXANXUSがここに戻ってきた時、彼がいた頃と寸分違わぬままこの部隊を保ち続けておくことこそが自分の役目であるとスクアーロは思っていた。それは彼を護ると言いながら、その誓いを果たせなかった自分への枷のようなものでもあった。
XANXUSが九代目によって氷の中に閉じ込められてから八年、最初こそボスが帰ってきたら再びクーデターを、と血気盛んだった隊員たちも、近頃では主の名すら出すのを躊躇っているようで、それどころか誰も口には出さないがボスは本当に戻ってくるのかと、そんな空気まで漂いはじめているように感じる。
スクアーロは、だから自分がもっとしっかりしなければと強く思う。
XANXUSが不在の今、ヴァリアーを預かっている責任者として彼が再び帰ってくる日まで、たとえ命に替えても主が戻るべきこの場所を死守しなければならない。二度と再び失敗は許されないのだと自分に言い聞かせる。泣きごとなど言っている暇はないのだ。

「―――ボス・・・」

無意識に唇から言葉が洩れた。ドライヤーをかけなければと思いながら、何故かどんどん重くなるまぶたに抗えず、彼はマットに吸い込まれるように身を横たえた。






 それからどれくらい時間が経ったのか、目を開くと窓の外には橙色をした空が広がっていた。
スクアーロはゆっくり上半身を起こすと、まだ少し湿っている髪に触れた。

――乾かさねぇと。腰をずらせて絨毯に足を降ろすと同時に、突然背後に人の気配を感じた彼は凄まじい勢いで振り返った。

「誰だっ!」

その男はベッドのそばに腕を組んで立っていた。スクアーロは一瞬にして彼が自分と同業の人間だと感じとり身構える。眠っていたとはいえ、これほど接近されるまで気づかなかったとは余程の相手だろう。背中を冷たい汗が伝う。剣が手元にない今、素手で立ち向かわなければならず、相手が武器を取り出す前に攻撃をしかけなければ形勢は不利だ。少しのタイミングのずれも命とりになるだろう。スクアーロは息を詰め男の動きをうかがった。
―しかし。目の前の男は攻撃を仕掛けるどころか、緊張に強張るスクアーロを見下ろしながら、ふっと頬を緩めて口を開いた。

「そんな格好で眠ってると風邪をひくぞ」
「!?」

スクアーロは我が耳を疑った。大きく目を見開いたまま男を見つめる。その声があまりにもXANXUSに似ていたのだ。
状況が飲みこめないまま男を凝視する。
濃い色のスーツに身を包んだ落ち着いた雰囲気は三十代半ばほどだろうか。漆黒の髪はきれいにセットされていて、胸の辺りまで伸ばした後ろ髪をひとつにまとめてある。そして何よりその顔立ちと面影はXANXUSにそっくりで、スクアーロはごくりと生唾を飲む。

「・・・あんた、もしかしてXANXUSの親戚かなんかかぁ?」

男は一瞬言葉につまり、それからすぐに唇の端を上げてにやりと笑った。

「まぁ、そんなところだ」

それを聞いたスクアーロの身体からみるみるうちに戦意が喪失していく。彼はとても優秀な戦士であるが、たったひとつの弱点が昔から直らない。“XANXUS”という名を耳にしただけで頬を紅潮させ、興奮ぎみに身を乗り出している。

「やっぱり!だってすげぇ似てるもんなぁ!けどオレ、ボスからあんたみたいな親戚がいるなんて聞いたことなかったぞぉ」
「親戚といっても、もう長い間会っていなかったからな」

その答えに納得したか否かはさておき、ふうん、と頷きながらまじまじと彼を見ていたスクアーロは、ふと自分の記憶に残る十六歳のXANXUSが年をとったらこんな感じになるのかと考え胸がきりりと痛んだ。

「――しかし、何もない部屋だな」

男は辺りを見回してそう言うとベッドに腰を下ろした。

「ねっ、寝に戻るだけだからベッドがありゃ十分なんだぁ!」

いくら鈍感なスクアーロとはいえ、初対面の相手にいきなりベッドに座られ身体を強ばらせる。そしてローブがはだけいることに気づいて慌てて前を合わせた。

「で、オレに何の用だあ?知ってると思うがボスは今・・・」
「わかっている。おまえ、名は?」
「スクアーロ。スペルビ・スクアーロ」
「スクアーロ、ボスに、XANXUSに会いたいか」

予想もしなかった言葉を聞いて、スクアーロは思わず両手をマットにつき男の方に身を乗り出した。

「会えるのかっ!?」
「おまえ次第だと言ったらどうする」
「え?オレ次第って――、あッ!」

声と同時に自身の頬に触れた男の手を振り払う。

「な、なんの真似だオッサン!あんたXANXUSの親戚だろ!何考えてるんだっ!」
「オッサンじゃねぇ」
「いやっ、オッサンは悪かったけど、そっちが急におかしなことするから」

進めていた身体をじりじり後退させ、今度は用心深い視線を男に向ける。けれど男は平然と言い放った。

「おまえもこの世界の人間ならわかるはずた。何の交換条件もなしにXANXUSに会えるとでも思ってるのか」
「っ、!」

正直XANXUSがいなくなってからというもの、足元を見られ今までも何度かこんな状況に陥ったことがあった。言うことをきけば悪いようにはしない。卑しい笑みを浮かべた彼らはそう言って近づいてきた。もちろんそんな奴らに指一本たりとも触れさせてはいないが、スクアーロは性の対象として見られる女のような自分の容姿を呪った。
XANXUSの親戚だと思い、一瞬でも気を許したことに怒りというよりも哀しみがこみ上げてくる。言葉もないスクアーロの唇に男の顔がゆっくりと近づく。

「たのしませろ」

あと少しで唇が触れ合うという時、我にかえったスクアーロは男の肩を押し返した。

「やめろッ!」

両手を思い切り突っ張って必死で彼を遠ざけようとするが、男は並みの人間とは思えないほどの力でスクアーロの手首を掴み抵抗を封じようとする。

「往生際が悪いな。ギブアンドテイクだ」

笑いながらそう言うと、掴んでいた手を自分の方へぐいっと引いた。

「なにがギブアンドテイクだ!ざけんなぁッ!」

髪を振り乱して暴れるスクアーロに、男は舌打ちをして両腕をまわすと力任せに強く抱きしめた。すると、あれほど暴れまくっていたスクアーロの動きが不自然なほどにぴたりと止まった。あまりにも易々と抵抗をやめたので、男は拍子抜けしたように自らの胸の中に捕獲したスクアーロの顔を覗きこむ。

「・・・おぃ」

返事の代わりにゆっくりと顔を上げた彼の蒼い瞳は涙の膜で覆われていて、それは今にも零れ落ちそうに溢れていた。

「―――XANXUSとおんなじにおいだ」

そう言い終わぬうちに涙が真っ白な頬を伝って落ちた。

「そんなに会いたいのか、あいつに」
「決まってんだろ!」

その瞬間、スクアーロの中で何かが弾け彼はついに堰を切ったように声をあげて泣き出した。男の上着を掴み、肩を震わせ嗚咽する。XANXUSがいなくなってからの八年分の辛さや不安、淋しさと悲しみが怒涛のように流れ出す。仲間や部下の手前強がってはいたけれど、誰かにこの胸の内を聞いて欲しかった。けれど自分がもし弱音を吐けば、何もかも消えてなくなってしまいそうで。だからずっと黙っていた。そうやって耐えることが、氷の中でひとり眠るXANXUSへのせめてもの罪滅ぼしだと思っていた。

「オレは、御曹司を守るって約束しておきながら・・・、あいつがあんなことになったのは全部オレのせいなんだ!」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭おうともせず、スクアーロは必死になって男に訴え続けた。

「あいつの代わりにオレが氷漬けになりたかった!!」
「はなから奴は、おまえに守ってもらおうなんて思ってねぇさ」
「えっ」

スクアーロは驚いたように男を見る。

「それにおまえはあいつの為に八年間ヴァリアーを守ってきた。それで十分だろ」
「・・・」
「さぁもう泣くのはやめろ。あいつが戻ってきた時そんな泣きはらした顔
を見たらまた殴られるぞ」
「XANXUSが戻ってきた時・・・」
「そうだ」

そう言うと男はスクアーロの額にそっと口づけた。細い肩がぴくりと震える。

「安心しろ。XANXUSは必ずおまえのところに戻ってくる」
「・・・ほんとかぁ」


鼻の頭を真っ赤にしたスクアーロがまっすぐ男を見つめると、彼はXANXUSそっくりの大きくあたたかい手で銀色の髪を撫で、XANXUSそっくりの声で囁いた。『ああ、ほんとうだ。約束する』








 それからの記憶がとても曖昧で、それでも鼻の奥に微かに残る懐かしいにおいが男がまぼろしではなかったと告げていた。ベッドに横たわっていたスクアーロは、少し開けていた窓から吹き込んだ風を感じ身を起こす。すでに窓の外は真っ暗で、蒼白い月がぼんやり浮かんでいるのが見えた。





 九月も一週間がすぎていた。それはXANXUSがいなくなってから八度目の秋の出来事だった。


end

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