05/15の日記

06:45
in there thirties
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 時計の針は午後十時を少しばかり回っていた。
夕食をとうに終えたXANXUSは、執務室で一杯やりながら文字の羅列がびっしりと連なったさほど重要ではない報告書を適当に流し読みして、もう何度目になるか、またちらりとアンティークの柱時計に目をやった。九時前に電話を寄越した時、スクアーロはあと半時間ほどで戻ると言っていた。


 半時間どころか、もう一時間じゃねえか。いい加減なことぬかしやがって。

たかが帰りが半時間遅れたぐらいで何故こんなにも苛々するのかと、XANXUSは馬鹿らしいと言わんばかりに手にしていた書類を乱暴にデスクに投げ出した。
スクアーロが任務に出て三日。たったの三日だ。それなのに自分は半時間も待てないほど彼の帰りを待ちわびているというのか。

「冗談じゃねぇ」

心の中でつぶやいたつもりの言葉が迂闊にも唇から零れてしまったようで、それが耳に届いてまたむかつく。あのドカス帰ってきやがったらおぼえてろ、と甚だ身勝手で理不尽な怒りの矛先をスクアーロに向けた。
XANXUSは認めたくなかった。留守番をさせられていた子どもが母親の帰りを今か今かと待ちわびるように、自分があの男の帰りを待っていることを。

 気がつくとグラスが空になっていた。いつもなら黙っていてもすぐに代わりを作る部下がいないので、誰かに持ってこさせようかと考えていたら、特徴だらけの足音が階段を上ってくるのに気づいた。そしてすぐにドンドンとガサツなノックの音が響く。XANXUSが応答するのも待たずにドアが開いて、隙間からボスいるかぁ?と白い顔がぬっと覗いた。
XANXUSはいつも思う。ノックの意味がねぇだろ、と。
だが、躾がなっていない飼い犬というものは少なからず飼い主にも責任があるものだ。

「悪りぃ。道が混んでてよぉ」

言った時間に帰れなかったことを一応は悪いと思っているのか、スクアーロは言い訳めいた言葉を発しながら、大股でどかどかとデスクに向かって進んでくる。彼は到着して真っ先に此処にきたのだろう。長い時間車に揺られていた隊服は、腰のあたりに何本も座り皺が入っていた。
 
デスクをぐるりと廻ったスクアーロは、XANXUSのすぐ隣に立つ。それから革張りの椅子に手を掛けると、腰を屈めるようにして小さな輪郭を彼の顔に近づけて言った。

「報告書、朝イチで上げるから…」

だからなんだと言ってやろうと思ったが、いち早く唇を塞がれた。長い白銀色の髪がぱさりと膝の上に垂れる。スクアーロは自分から啄むようなキスを繰り返し、XANXUSがその肉感的な唇を自らの意志で開くよう誘惑する。
これは駆け引きだ。
時間に遅れたスクアーロは、自分が機嫌を悪くしているのをよく知っていて先手を打ってきたのだ。

 馬鹿が。単細胞の考えることなどたかが知れている。

けれども昔はこんな芸等できる男ではなかったし、自分もまた一分の遅れすら許せず問答無用で殴り飛ばしていただろう。お互いに成長したというべきなのか、年をとったということなのかとXANXUSは自嘲する。

スクアーロはわざと目を逸らさず口づけてくる。挑戦的ともいえるその姿に、XANXUSはまず視覚をやられた。次に嗅ぎ慣れた彼の体臭と、薄く香るトワレに鼻先をくすぐられ嗅覚をいかれる。故意にちゅっ、と大袈裟に鳴らすリップ音に聴覚を。更にぷっくりと押しつけられる、思わずかぶりつきたくなるような瑞々しい唇に触覚を刺激され、残る味覚で彼の口内を味わいたくなるのを我慢しろという方が無理だろう。

くそ忌々しいと思いながらも、XANXUSはほとんど条件反射のようにスクアーロの細い腕をぐいと引き寄せた。すると彼は一瞬驚いたように目を見開いて、だがすぐに片方の口元をニッと上げXANXUSの太ももの上に上手く倒れこんだ。そうしてしどけない仕草で太い首筋に両腕を回す。たまらずXANXUSは顔を傾け、乱暴にその唇の間に肉厚の舌をねじ込んだ。

「んっ、んぁぁ…」

綺麗な眉根を寄せて、スクアーロは口の中に侵入してきた蠢く舌と自身のそれを絡ませた。唾液が次から次へと湧いてくる。それはXANXUSからも注がれて、スクアーロは細い喉をこくんと鳴らした。それでも溢れる唾液は二人の唇の隙間から零れて顎を伝い、透明な蜘蛛の糸のように垂直に落下していく。

「ん、んんッ…!」

息もできないほど激しく舌を吸いあげられ、思わずスクアーロは頭を引いてしまいそうになる。するとXANXUSは「逃げるな」と言わんばかりに大きな掌で彼の後頭部をがしりと支え、退けないようにして下唇に噛みついた。

「いッ!」

痺れるような甘い痛みが走り、スクアーロは眉間を寄せる。XANXUSはようやく唇を解放すると、ボールを掴むような手つきで小さな頭を支えたまま、今度は彼の鎖骨あたりに顔をうずめて首すじに吸いついた。

「はぁっ、ぁっ――…んッ」

長い溜め息のような声を洩らし、スクアーロは顎を反らせて真っ白な喉元をさらけ出す。その新雪のような白を見ると、XANXUSは柔らかな喉笛に思いきり犬歯を突き立てずにはいられなくなる。昔から美しいものを見ると滅茶苦茶にしてしまいたくなるのは何故なのか。
スクアーロは自身で気づいているのか否か定かではないが、首すじが非常に弱い。所謂、性感帯。そして激しく愛撫されると確実に我を忘れて乱れる。
XANXUSは勿論それらをよく承知していて、うっすら血が滲むぐらいにきつく歯をたてたあと、優しく舐めあげる。そんな飴と鞭のような行為を繰り返せば、彼はたちまち頬から耳までを薄紅色に染め、目を瞑りながら小刻みに頭を左右に振る。だらしなく開いた唇からは、はぁ、はぁッと熱い吐息と共に涎が光り滴る。

XANXUSはその絶景を堪能し満足そうに目を細めると、空いた片手で彼の隊服の上着の裾を弄ってじかに肌に触れた。ボタンを外すことさえもどかしく裾をたくしあげたまま、無遠慮に手を進めると、すでに固くなっている突起を人差し指でぐりと擦った。

「あッ!」

スクアーロが弾かれたようにびくりと跳ねる。

「ハッ、此処でそんなに感じるとは、てめぇはメスか」

彼の素直な反応を可愛いと感じる心中とは裏腹に、意地悪く口角を歪めると、スクアーロは瞼の下を赤らめながら薄く目を開き咎めるような視線で言った。

「てめぇこそ!オレのケツの下で石みてぇにガチガチになってんのはなんだぁ?余裕ぶっこいてんじゃねぇぞぉ」

言われてみれば、確かにその通りだった。
XANXUSは咄嗟にうるせぇと返したが、内心ではたかがキスひとつでこれほど興奮してしまったのかと些か驚いた。というよりも、スクアーロの反応を見ているだけでこうなったのか。
実際、三十を過ぎた頃から彼の放つ色香には壮絶なものがあった。勿論生まれつき鈍感な本人がそのことに気づいている気配は微塵もないが。

以前XANXUSは、セックスの途中で彼に見とれている自分に気づいて愕然としたことがあった。それまで何百、何千と繰り返してきた行為の中で、彼を美しいとは思っても、それはいつもどこか客観的で、XANXUSはちゃんと己自身を保っていた。けれどその時はスクアーロ以外、何も見えなかったし聞こえなかった。
その瞬間、確実に自分は彼に溺れていた。
しかしプライドの塊のようなXANXUSはその事実、自分がスクアーロに惚れているということを認めたくなくて、気がつくと彼を殴りつけていた。
情事の最中にいきなり拳が飛んできたスクアーロの方は、色気のい≠フ字もない声で喚いた。「いってぇなぁッ!急に何すんだあ、このクソボス!」
その姿を見ながら、XANXUSは今のは何かの間違いなんだと自分に言い聞かせた。

ーこの俺がカス鮫ごときに心を乱されるはずなんざねぇ、と。








「…どうしたぁ?」

不思議そうに訊ねるその唇に、XANXUSは再び口づけをし、スクアーロはゆっくり睫毛を伏せた。

「んっ、んん…」

「スクアーロ、」

キスの途中で突然名を呼ばれたスクアーロは、閉じたばかりの瞼を開いて間近にあるXANXUSの顔を見る。
およそ暗殺者とは思えぬほど美しく可憐な双眼がそこにあった。

 XANXUSはだから、綺麗なものほど滅茶苦茶にしてしまいたくなる…。



「ボス?」

「てめぇ、所帯を持て」

瞳を大きく見開いて、スクアーロは一呼吸おいてから「―しょたい…」と呟いた。

「しょたい?…所帯ってどういう…」

わずか数秒の間に“所帯”という言葉を三度も繰り返したその瞳は、まばたきすることさえ忘れ、丸いガラス玉のように見えた。

「どうもこうもねぇ。てめぇも三十二だろ。家庭を持てって言ってんだ」

「――!」

ガラス玉が面白いように揺れる。焦点を定めようとせわしなく瞳を動かすが、それが全く定まらず、XANXUSは目玉だけがくるくる動く人形を思い出した。
酸素が足りないのか、彼は戦慄く半開きの唇から何度も深く息を吸う。

「えっ、…そ、それってあれか?――つまり、オレに、、、」

恐ろしすぎて最後の言葉を口にできないスクアーロに、いじめっ子のような顔をした悪魔が嗤った。

「女房をもらえ」

「――!」

XANXUSの手はスクアーロの後頭部を支えたまま、もう片方は隊服に差し込まれ、未だに彼の小さな乳首に触れている。こんな状況で突然言われるセリフではないだろう。というより何故今このタイミングで?
XANXUSの真意を図りかね、スクアーロはあまり切れるとは言い難い頭をフル回転させ、必死でその紅蓮の瞳を探る。そうして「馬鹿やろう、冗談だ」一刻も早くそう言ってくれと願いながら、その唇を見つめる。
けれど、いつまでたってもスクアーロが望む言葉は聞こえない。それどころか無表情のまま、彼は再び隊服の中の人差し指をゆるゆると動かし始めた。

スクアーロは絶望した。この男は、いきなり自分に結婚しろと言ったあと、平然と抱くつもりなのか。
自分は何も望んではいない。地位も名誉も金も、愛する人を独占することさえも…。
ただ、彼のそばにいられるならそれだけで良かった。

 それなのに…。

気づくと、スクアーロは血の通わない冷たい左手でXANXUSの腕を押さえていた。

「―あんたの考えはよくわかった。少し考えさせてくれぇ」

そう言うと、XANXUSの太ももに乗せていた臀部をずらしてさっさとそこから降りてしまった。彼の顔は能面のように無表情だった。日夜煩く騒ぎまくっている人間が突然表情をなくし、無口になるほど不気味なことはない。
一方「そんなこと言うな!」とスクアーロが泣きついてくるとばかり思っていたXANXUSは、彼の意外な態度に拍子抜けし、内心少しばかり焦っていた。
が、今さら『冗談だ。おまえに流されそうになる自分が歯がゆくて、つい心にもないことを言った』などと口が裂けても言えるはずがない。
ドアに向かう左右に揺れ動く銀糸を眺めながら、XANXUSは舌打ちをした。



 







 スクアーロがアジトにいないとわかったのは、それから一時間ほどしてからだった。
意地を張っていたXANXUSだったが、それでもやはり久しぶりの肌が恋しくて、自分としては百歩も二百歩も譲ったつもりで、彼の部屋の内線電話を鳴らした。
けれど普段であればワンコール、長くてもスリーコールもすれば出るはずの彼が出ない。シャワーでも浴びているのかと、しばらくしてかけ直しても同様で、元来極端に気の短いXANXUSのこめかみにはぴくりと青筋が浮き上がる。
そしてとうとう三度目に受話器を取った彼は、スクアーロの自室のボタンを押そうとした指を止め、そのまま持っていた受話器を机に叩きつけると凄まじい勢いで部屋を出て行った。
ことの発端を考えれば自業自得だけれど、XANXUSの辞書に反省という言葉はない。
どうして自分がわざわざ部下の部屋まで足を運ばなければならないのかと、怒り心頭。
 奴はなぜ電話を取らない?まさか先ほどのことを根に持ち拗ねているのか?だとしたら、三十も過ぎた男がそんな小娘のような真似をしても、可愛くもなんともないということを、あの悪い頭に叩き込んでやらねばならない。身をもって思い知らせてやらなければ。

スクアーロの部屋の前に立ったXANXUSは、ノックどころかドアを蹴破った。
しかし開かれた室内は真っ暗で、不気味なほどの静寂が、主が此処に戻ってはきていないと物語っていた。
少なくともスクアーロは一時間前XANXUSの部屋を出てから、自室には戻っていないようだ。というより三日前任務に出てから一度も戻っていないと言った方が正しいかもしれない。
XANXUSは踵を返すと階下の談話室に向かう。もしかするとルッスーリアあたりを相手に愚痴っているのではないかと考えた。
けれど螺旋階段を途中まで降りたところで、彼は足を止めた。

 ーーたしか今夜は…。
ルッスーリアはいない。夕食の時、これから任務に経つのだと言っていた。それにスクアーロが心を許しているベルフェゴールも昨日からアジトを留守にしている。

瞬時にいろんなことが頭の中を駆け巡り、その結果最悪の結論を導き出したXANXUSは、身体の奥底から湧き上がる怒りに、わなわなと震えだした。汗で湿った手のひらを無意識に堅く握りしめる。
「――あのドカスッ」そう吐き捨てて再び階段を降りだす。心なしか足早になるその姿は、間違っても幹部たちには見せられないレアな光景であった。









 

 

 キャバッローネファミリーの若きボス、ディーノは腹心の部下であるロマーリオと二人、屋敷にあるでカウンターバーで飲んでいた。アルコールのせいか、ロマーリオのつまらないジョークにディーノが大笑いしていると、突然部下が血相を変えて飛び込んできた。

「ボス!大変だ、門に車が突っ込んで…見張りの奴らが!」

「襲撃か!」

ロマーリオが素早く銃を抜き、緊張が走る。


と、その時「ゔおぉぉーい、跳ね馬ぁーっ!てめぇんとこの部下の教育はどうなってんだぁーっ!」思わず耳を覆いたくなるような怒声と共に姿を現したのはスクアーロだった。

「スクアーロ!」

ディーノは咄嗟に立ち上がり、ロマーリオは構えていた銃を懐に納めた。

「どうしたんだよ、こんな時間に」

「悪りぃが今晩泊めてくれぇ」

「えぇ?…まぁそれは構わねぇけど。またXANXUSともめたのか?」

その言葉にスクアーロの顔が歪む。
このヴァリアーのナンバー2である男が絡んだ時、ディーノはマフィアのボスではなく、ただの男になってしまうことをロマーリオはよく心得ていた。彼は肩をすくめると二人を横目に、部下が負傷したという現場へと向かった。


 しばらくして、突然の来客がやらかした後始末を終えたロマーリオが部屋に戻ると、騒ぎの張本人は疲れたからと早々にゲストルームに引き上げてしまっていて、ディーノが一人でカウンターに座っていた。
その背中を見つめながら、こうやって昔から振り回す側と振り回される側が一向に変わらない二人の関係を想い苦笑する。
XANXUSとスクアーロとディーノ。三角関係にさえ発展しないその関係。
最近はボスとしての風格さえ身についてきたと感じていたが、どうもあのスクアーロが絡むと、彼本来の人の好い性格が前面に出てきていけない。
けれども、そこがまたディーノの良い所でもあるのだが…。

「ボス、見張りの部下が三人病院送りになったぜ」

そう声を掛け、ロマーリオは空になっていたディーノのグラスにウィスキーを注ぎ、自分のグラスにもつぎ足した。


「ボッ、ボス―――ッ!」

二度目に部下の悲鳴にも似た叫びが聞こえた時、既に彼の背後から黒い巨大な影が迫っていて、哀れな部下は部屋の扉の前で、背中に硬いブーツの靴底の衝撃をもろに受け、ディーノとロマーリオの足元まで吹っ飛ばされてきた。

「XANXUS!」

「カスはどこだ」

乱れた前髪の間から凶暴な緋色がディーノを射る。けれど普通の人間ならそれだけで震え上がるような視線にさらされても、長年の付き合いで免疫力のあるディーノは顔色ひとつ変えない。

「よくここだってわかったな」

「ドカスのやることなんざ、どうせたかが知れてんだ。奴を出せ」

ディーノは深く息を吐く。

「あのさ、俺の言うことなんか聞く耳持たねぇと思うけど、」

「……」

「もうちょっと素直になったら?」

「あぁ?」

XANXUSはまるで境界線でもあるかのようにドアの向こう側に立ったまま、室内に一歩たりとも踏み入らず殺気立った視線をディーノに向けた。

「スクアーロは細かいことは言わなかったけど『誰が所帯なんか持つか!』って怒鳴りながら…、ほら、そこのチェストの脚折れてるだろ?一撃だぜ」

ディーノの視線の先に目を遣ると、そこには四本の脚のうち一本が真ん中から綺麗に折れたチェストが転がっていた。

「まぁチェストなんかどうでもいいけど、門番に立たせててたうちの見張りの連中と揉めたらしくて、三人病院送りにしちまったしな」

「うち一人は重体だ」

すかさずロマーリオが付け足す。

「なんでだよXANXUS、なんで所帯持てだなんて心にもないこと言ってスクアーロを怒らせて混乱させるんだよ」

「……」

「スクアーロの気持ち、わかってて遊んでるなら俺、」

「そんなんじゃねぇ」

腕を組みながら、珍しく話を黙って聞いていたXANXUSだったが突然言葉を遮った。

「遊んでなんてねぇ」

「だったらなんで、」

「知るか、俺にだってわからねぇ」

まるで子どものような言い草で、ぷいと顔を背けたXANXUSを見てディーノは益々深いため息をつく。

「はぁ……。もしかして好きな子苛めたいとか、そういう思考?」

「――跳ね馬、てめぇ…」

「だってそうだろ?XANXUSがスクアーロの事どう思ってるかなんて、周りはみんな知ってるぜ。気づいてないのはスクアーロ本人ぐらいのもんだよ。もうこの辺でちゃんと言ってやったら?でないとあいつのことだし、一生気づかないと思うけど」

ディーノの隣でロマーリオが頷く。

「うちとしても、お宅の揉め事でこれ以上犠牲者を出されちゃかなわねぇ」

ロマーリオの言葉に今度はディーノがうん、うんと首を振る。

「ロマーリオの言う通りだ。スクアーロの奴、新入りの見張りが門を開けるのを渋っただけで、車ごとゲートに突っ込んできたんだぜ!ありえねぇって!」

「これが他のファミリーの奴だったら即戦争だ」

「だよな」

あうんの呼吸で繰り広げられる上司と部下の会話にXANXUSは気分が悪くなってきた。とにかくスクアーロを探し出して一刻も早く此処を立ち去ろうと思った時、

「…ボス?」

背後から遠慮がちに呼びかけられ、振り向くとすぐ後ろに探していた人物がぽつんと佇んでいた。
彼は不思議なモノでも見るように、まばたきを繰り返している。

「ボス、何しに…」

XANXUSは咄嗟に言葉が出てこない。何か気の利いたセリフのひとつでもと思ったが、真後ろから固唾をのんで見ているであろうディーノとロマーリオの視線が突き刺さり、またもプライドが邪魔をする。

「…帰るぞ」

「えっ、」

目を見開いたまま、スクアーロはXANXUSを見つめた。

「もしかして…、迎えにきてくれたのかぁ?」

「……」

返事をしないXANXUSにスクアーロは続けた。

「ボス。オレ考えたんだけど、やっぱりいくらあんたの命令でも、結婚は――」

「聞こえなかったか、帰るっつってんだ」

「えっ、あぁ、聞こえた。聞こえたぜぇ、ボス」

その一言でニッと破顔するスクアーロを見て、ディーノは思わず口をはさんだ。

「スクアーロ、いいのかよ、それで?」

「あぁ?いいも悪いもボスさんがわざわざ迎えに来てくれたんだぜぇ」

「迎えになんざ来てねぇ。たまたま通りかかっただけだ」

「えぇっ!…ま、まぁ、ンなことどっちだってかまわねぇ。跳ね馬ぁ、世話かけたなぁ!って、ボス、ちょっと待てぇー!」

さっさと行ってしまったXANXUSのあとを、彼は子犬のようについて行ってしまった。
ディーノはそのうしろ姿を見送りながら、一体自分は何度こんなことを繰り返しているのかと考える。

「ボス、飲みなおそうぜ」

ロマーリオがぽんと背中をたたいた。

「なぁロマーリオ。スクアーロはXANXUSのどこがあんなにいいんだろうな…」

「さぁ…変わってるからな、二人とも。少なくとも俺が女なら断然ボスを選ぶ」

「えっ!なんかそれ複雑だけど…、grazie!」

当然だと言わんばかりに頷いて、ロマーリオは少しずれていた眼鏡のブリッジを人差し指で直して言った。

「おっとボス、忘れてたぜ。もう一人病院行きだ」

二人の足元には、XANXUSに蹴られた部下がぴくりともせず横たわっていた。







 







 「ーーオレ謝らねぇといけねぇことがあるんだぁ」

 アジトに帰る車の後部座席でXANXUSと並んで座っていたスクアーロがおずおずと口を開いた。

「なんだ」

「あのよぉ、ボスに買ってもらった車なぁ、あれを…ぶっ壊しちまったんだぁ」

「ぶッ、ぶっ壊したってブガッティか?」

「あー、そんな名前だっけかぁ?ボスが誕生日にくれた青いヤツ」

「……て、てめぇ…っ」

「ごめん!だってあいつらゲートを開けろっつっても全然言うこときかねぇからよぉ、カッときて気がついたらアクセル全開で車ごと突っ込んでたんだぁ」

へへへ、とだらしなく笑うスクアーロを見てXANXUSは思わず拳を振り上げそうになった。しかし、かろうじてそれを止め、深く深く息を吸い込んでゆっくりと吐いた。

 ーあの車は、ベルフェゴールやルッスーリアに、さすがに桁が違うだろ甘やかしすぎだと散々言われながら、三十になったスクアーロに自分の想いをこめたつもりで買ってやった物だった。
けれどあまり車に興味のないスクアーロは、ディーラーが届けにきたそれを見ても、ボディラインが気に入っただの、この車体の色がオレ好みだの言っていて、車自体の価値を解っているのかと思ったが…。
やはり予想通り、まったく理解していなかったらしい。
ため息をついて、XANXUSはしかし、それもまたスクアーロらしいと言えばそうかもしれないと思った。

 ーこいつは俺以外、なんにも興味はねぇし執着もしねぇ。

XANXUSはスクアーロを試すような真似をした自分がひどく滑稽に思えた。彼の想いは昔から何一つ変わらない。そんな人間に惹かれることは当然で、プライドだのなんだのと否定しようとする方が不自然だと思えた。



「そういやキャバッローネの奴三人病院行きにしたらしいじゃねーか」

「え?あぁ、よく覚えてねぇけど三人ぐらいいたかもなぁ」

「ハッ、てめぇはキレたら見境ねぇからな」

スクアーロは叱られる前の子どもみたいにXANXUSの顔をそっと覗きこんだ。

「跳ね馬になんか言われたのかぁ?」

「いいや。よくやった。――褒美をやる」

「ボス、…」



 叱られるどころか、唇に甘いご褒美までもらってしまったスクアーロは、ほんとうに小さな子どものようにXANXUSの首に思いきりしがみついた。

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