10/04の日記

17:39
In their teens
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「XANXUS!早くこいよー」


 一斉に花をつけだした自生のオリーブやレモンの木が、甘い香りを放ちはじめた林道を抜けると、目の前に急な斜面が現れる。
スクアーロはその傾斜した地面に躊躇なく足を踏み出し、そのまま跳ねるように登っていく。そして途中振り返ってもう一度同じセリフを繰り返した。

「XANXUS、早く!」

呼ばれた方のXANXUSは心の底から面倒くさそうな顔をして、まだ十六だというのに既に眉間に定着しつつある縦じわを一層深めた。もちろんスクアーロの呼びかけには応じず、無言で自身も傾斜を登り始める。
慣れているとはいえ、やはり革靴で斜面は進みづらい。
あいつも同じ靴のはずなのに、と仔ウサギみたいに一気に駆け上がっていった姿を追うと、彼は既に丘の上に立っていた。背後から差す午後の太陽が逆光になってその表情は見えなかったが、XANXUSには彼が薄っぺらい唇の両端をつり上げ笑っている顔が容易に想像できた。

 この、身も軽いが頭の中も相当軽いスペルビ・スクアーロは、XANXUSより二つ年下の十四歳。
二人は同じ学園の上級生と下級生という関係だが、スクアーロの方はそんな関係を越えて、自分の生涯を捧げてもかまわないというぐらいXANXUSに心酔していた。

XANXUSはイタリアマフィアの中でも最大勢力を誇るボンゴレ九代目ボスの一人息子で、学園内では生徒や教師にまでも一目置かれる存在だった。
彼は自分以外の人間をカスだとしか認識せず、他人との関わりを異常なまでに嫌うその性質も手伝って、そばに近寄る者は皆無に等しい。

ところがそんなある日、ひょろりと痩せた目つきの悪い、珍しい白銀色の髪をした少年スクアーロがあらわれた。
彼は突然XANXUSに向かい「オレは強い奴が好きだ、一目でおまえには適わないと思った。その怒りに惚れた!」と理解に苦しむような、それでいてどこか告白めいたセリフを吐き、以来今日までストーカーのようにXANXUSにつきまとっている。
最初のうちは、どこにでも影のようにぴったりくっついてくる頭のイカれた少年がなんとも気味悪くて、XANXUSはその小さな頭を殴ったり、すぐに折れそうな腰を力任せに蹴ったりしてみたが、虚弱体質のような外見とは裏腹に、彼は体力も腕力も持久力も備えていた。度重なるXANXUSの暴力にまったく怯む気配を見せず、挙げ句の果てに「おまえは将来オレを仲間にしたことに感謝する日が来る」と預言者のようなことまで言い出した。

ここらへんでXANXUSは、だんだん相手をするのが馬鹿らしくなってきた。
彼はほんとうに頭がおかしいのか、そうでなければ病的なM体質なのかもしれない。
とにかく「付いてくるな」と言ったところで「はい、わかりました」と諦めるような男ではないことはよくわかった。
だから賢明なXANXUSは、発想の転換をすることにした。
将来自分がボスという立場になった時、命を惜しまず投げ出して尽くしてくれる部下は多い方がいい。そういう人材を少し早めに採用したのだと思えばいいのだ。しかもお誂えむきに、スクアーロの剣術の腕はたいしたものだ。


 こうしてXANXUSから黙認されるようになったスクアーロは、以前にも増して彼のそばから離れなくなった。
人間嫌いだったXANXUSが下級生と一緒にいる姿は周りの者を驚かせたが、中には二人を快く思っていない人物もいた。
スクアーロの同級生であり、XANXUSとも顔見知りであるキャバッローネファミリーのディーノだ。
幼い頃から彼を知るXANXUSは、彼がスクアーロに気があるらしいことに薄々気づいていた。
確かにスクアーロは見た目は悪くはないし、黙っていればそこらの女子生徒より美形だろう。けれどこんなおかしな男に好意を抱くとは、ディーノはよほど物好きだと思ったが、彼が執心している相手が自分に夢中だということに優越感をおぼえた。こうしてスクアーロをそばに置いているのは、ディーノへの当てつけというのも少なからず関係しているかもしれない。
とはいえXANXUSは、スクアーロのことを“そういう対象”で見たことは一度もなかった。彼にとってスクアーロは自分を盲信する暑苦しくてうるさい部下候補であり、それ以上でも以下でもなかった。




「ほらこれ。うまいぞぉ」そう言いながらスクアーロは、手にしていた袋の中をガサガサと探り、テイクアウトしてきたパニーニをXANXUSに差しだした。

午前中の授業を一時間残して、二人は学園の裏手にある小高い丘の上にいた。
ここは日当たりも風通しも最高で、そして何よりまだ授業中ということもあって、二人の他には誰ひとりいない。さわやかな風の中で小鳥のさえずりが響いている。
XANXUSは入学したての頃からよくここにきていた。騒がしくてつまらない学園生活の中で、唯一気に入っていたこの場所で、まさか誰かと一緒にランチを食べる日がくるとは思ってもみなかった。

 XANXUSの隣に腰をおろしたスクアーロはスパークリングウォーターを手渡し、自分はダイエットペプシを勢いよくん飲んだ。
「うめぇーッ!」ぎゅっと目をつぶって叫んだあと、すぐにパニーニの包み紙をバリバリめくって豪快に噛みつく。小さなほっぺたが風船みたいに膨らんで、もごもご動いた。すると、こぼれたソースが指に付いたのか、彼は行儀悪くその指をペロリと舐めた。

――ありえねぇ。
嫌でも視界の端に入ってくるスクアーロの姿に、XANXUSは眉をひそめる。
ナプキンがあるにもかかわらず、なんの躊躇もなく指を舐めることも、恋人きどりで食事を用意していることも、全てが有り得ない。
けれどそれを彼に言ったところで、どうせ何が有り得ないのか理解できないだろうし、そうやって会話のきっかけを与えてしまえば最後、延々一方通行なやり取りが続くのが目に見えている。そして最後にXANXUSがキレて、煩い口を拳で強制終了させるといういつものパターン。

XANXUSはため息をつきながら渡されたスパークリングウォーターを一口飲んだ。アルコール以外、これしか飲まない彼の嗜好をスクアーロはちゃんと心得ている。
「パニーニは食わないのか」とスクアーロが尋ねた。
「・・・腹は減ってない」と答えると、彼は少しだけ困ったような顔をして「じゃあ腹が減ったら食えばいい」と返してきたが、XANXUSはもう返事をしなかった。

それからしばらく沈黙が続いたあと、突然スクアーロが持っていたパンを袋の上に置き、珍しく真面目な顔をしてこう言った。

「XANXUS、頼みがあるんだぁ」
「なんだ、パニーニなら食わねぇぞ」
「違う!ヴァリアーの・・・、テュールと勝負させてくれねぇかぁ」
「あぁ?」XANXUSは思わず顔を上げてスクアーロを見た。テュールとはボンゴレの暗殺部隊の隊長で、剣帝と呼ばれる剣の達人だ。
「な、頼む!オレ、おまえに付いていくって決めたから。ぜってぇ勝つ自信あるんだ!おまえに、XANXUSにオレを認めさせてぇんだ!」

ハイテンションな独りよがりの熱血漢ほど面倒くさいものはない。
一方的にまくしたてたスクアーロは、じっとXANXUSを見つめて答えを待っているようだ。
しかしここで『何をバカなことを』とか『おまえに敵うような相手ではない』などと言えば、延々不毛な問答が続くに決まっている。
だからXANXUSは適当に答えておくことにした。

「考えとく」
「う゛おぉぉい、マジかぁ!考えとくってことはOKってことだよなぁ!」
「考えとくってのは言葉通りだ」

けれど手前勝手なスクアーロの耳はXANXUSの最後の言葉を自動的にシャットアウトしたようで、ガッツポーズをしながら吠える。

「オレぜってぇ勝つから!おまえに恥はかかせねぇ」
「・・・・・・」

XANXUSはもう何か答えるのも面倒で、とりあえずは水でも飲むかと思ったその時、スクアーロが突然ギャアと悲鳴をあげた。

「うるせぇっ!てめぇいい加減にしろ」

思わず手を上げそうになったXANXUSの視線の先に、一点を凝視して小刻みに震えるスクアーロの姿があった。

「なんだ、どうした、・・・」

そう声をかけ終わる前に、いきなりスクアーロが凄まじい勢いで飛びついてきた。
「うぁっ!」その弾みでXANXUSが後ろに体勢を崩しかける。すると何を思ったかスクアーロは彼の頭を抱え自分の胸元にぐいっと引き寄せた。そうして震える声で「大丈夫!大丈夫だぞっ」とうわ言のように唱えている。

はからずも男の胸に顔をうずめるような格好になったXANXUSは、衝撃的な展開にしばらく呆然としていたが、そのうち彼の頭を抱いているスクアーロの力がどんどん強くなってきた。
「おぃっ、痛ぇだろ!」たまらず腕を解こうと手をのばした瞬間、スクアーロの体が大きく跳ね頭上から短い悲鳴が聞こえた。
「ひゃあっ!」
「なんなんだ一体?!」XANXUSが首を捻って腕の間から覗くと、二人の前を一匹の小さなヘビが悠然と横切っているのが見えた。

「・・・おまえ、もしかしてヘビにびびってんのか」
「ち、ちがうっ!」
「だったらなんで、」
「オレに怖いもんなんかあるわけねぇ」

必死になって否定するスクアーロに、XANXUSは思わず吹き出しそうになる。
ヘビが草むらに姿を消してしまってからも彼はまだ少し震えていた。その振動が微かに伝わってくる。彼の身体は見た目通り硬くて骨ばっていてお世辞にも気持ちの良い感触ではなかった。
きっと今XANXUSが「離せ」と言えば、スクアーロは我にかえりすぐに両腕を解くだろう。
でも彼はその言葉を口にはしなかった。

 少なくともその日まで、XANXUSにとってスクアーロは将来の部下候補という存在でしかなく、それ以上の感情はなかったのはたしかだ。




 寝息をたてていたスクアーロが寝返りをうち、白銀色の髪が頬にかかる。
今夜もXANXUSは絶対的な関係を盾にして、嫌がるスクアーロを強引に寝室に引っ張りこんだ。
いつものように『忠誠を誓うならなんでもできるはずだ』と半ば脅しながら言うことをきかせたあと、まだ幼さが残る寝顔を眺めて思う。
もしあのとき、あんなアクシデントが起こらなければ自分たちはまだあの関係のままだったのだろうかと。


 寝苦しいのか、スクアーロはまた寝返りをうった。









end

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