07/26の日記

16:04
unforgettable -3-
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『やべぇ!』
踵を返して全力でこの場を去るか、それとも道に迷ったふりをして…、などと一瞬迷った間に、XANXUSは窓の外に鋭い視線を向けたままゆっくり立ち上がった。

「誰なんだ返事をしろ!」

あきらかに苛立っているその声を耳にして、身を隠していたスクアーロは反射的に窓の前に立ってしまう。
そしてこともあろうか、窓越しに突然姿をあらわした不審者に絶句しているXANXUSに対し、引きつった笑みを浮かべながら手を振った。自分でも何をやってるんだと思ったが、身体が勝手に動いてしまったものは仕方ない。

XANXUSは金縛りにでもあったように微動だにせず不気味な不審者を見つめていたが、すぐに我にかえると大きな声で叫んだ。

「貴様、誰に頼まれた!」

その言葉で、自分がXANXUSの命を狙った刺客と勘違いされていると気づいたスクアーロは慌ててかぶりを振る。

「ち、違うぞぉ!オレはっ、…」
――おまえの初体験の相手を見定めるべく、20年後の世界からやってきた未来のおまえの部下兼保護者兼、一応恋人だ!

と、そんなバカげたこと言えるはずもなく、やはりこのまま逃げてしまうのが最善の策かもしれないと考えた時、XANXUSが怪訝そうに口を開いた。

「……親父に雇われたのか」

十代目候補である彼は常にファミリー内外から命を狙われていて、それを案じた父親が独自にボディガードを雇っていた。
彼が日頃大人ばかりに囲まれて暮らしているのにはそんな事情もあったのだが、なにしろ気性の激しいXANXUSのこと。人の入れ替わりも激しく、新顔が登場するのは珍しいことではなかった。


そういうわけで勘違いしているらしい彼の言葉に、スクアーロはこれ幸いと頷いてみせる。

するとXANXUSは、少し考えるような素振りを見せたあと、無言で扉の方を指差した。
どうやら入って来いということらしい。

「えっ、」入れと言われても、中には…。

初体験の相手を確かめるために来たのだから、願ってもないチャンスだといえばそうなのだが、過去のXANXUSの前に姿をあらわすつもりなどなかったスクアーロは、正直足がすくんだ。
深く考えるより先に行動してしまうのは今さらはじまったことではないが、そもそも自分はなぜこんなことに固執したのだろうかと固まっていると、短気なXANXUSは舌打ちをして自ら扉を開けた。

「おいっ、んなとこで突っ立てたら目立つだろ!さっさと入れっ」
「あっ、ああ…でも、」
「てめぇ、雇い主の言うことがきけねぇのか。クビにしたってかまわねぇんだぞ」

14歳のXANXUSが鋭い視線ですごんで見せると、スクアーロはなんとも複雑な気持ちになったが、それでもここで言うことをきかないわけにもいかず、すごすごと扉側へ移動する。

「…入ってもいいのかぁ」

ドアの前でそう言うと、XANXUSは答えず面倒くさそうに顎を上げて指図した。
仕方なく小屋の中に足を踏み入れると、薄暗い室内はあちこちに庭仕事の道具が置かれていて雑然としていた。
一見したところ他に人の姿は見えないが、どこかに隠れているのだろうか。
注意深く目を凝らしていると、背後からXANXUSが言った。

「なんだその女みてぇな髪は。体も細ぇし、そんなんで仕事が務まんのか」
「は?何言って、」

思わず振り返り、彼と向かい合う体勢になったスクアーロは、反論しようとしていた言葉が止まる。

「どうした」
「いや、別に…」

目の前にいるXANXUSは、自分の肩あたりぐらいの身長しかなく、顔つきも遠目から見ていた時よりずっと幼い感じがした。声だってまだ少年ぽさが残っている。
14で初めて出会った頃の彼はとても大人びていたのに、今ここにいるXANXUSはほんの子どものようだとスクアーロは思った。

「オレが使えねぇ人間なら、おまえの親父さんは雇わねぇだろ」

そう答えるとXANXUSはフンと鼻を鳴らし、そのあと真剣な表情を浮かべて声を潜める。

「…見たのか」
「へ?」
「だからっ!窓から覗いてただろ」
「あっ、あぁ…」

普段とは逆の身長差、自分を見上げるXANXUSの目線に戸惑いながら、スクアーロはなんと返事をするべきか考えた。

彼が言う『見たのか』は、当然逢いびきの現場を目撃したかという意味だが、『見ていない』と答えたところで素直に信じるとは思えない。それよりも『見た』とハッタリをかけてみるべきか…。

「どっちなんだ!」苛立ったXANXUSが声を荒げた時、床の端に転がっていた麻袋がカサッと音をたて、2人はほぼ同時にその袋に目をやった。

麻袋の中に“何か”がいる。
しかし袋は大人が隠れるほどの大きさではなく、子ども、それもかなり小さな幼児ぐらいでないと入れないサイズだ。

カサ、カサと麻袋は小刻みに動く。XANXUSは明らかに狼狽していた。
その姿を目にしたスクアーロの額に、じわりと汗が浮かんだ。

――おいおい、マジかぁ!ボスが隠したがった相手って、年上じゃなくてその逆かよ。やべぇぞ、これは。っつーか犯罪?!
けどまさか、こいつがロリコンだったとは…。もしかしてオレ、とんでもねぇことに首つっこんじまったんじゃねぇのか…。
いや、けどここはやっぱりガツンと言うべきだよなぁ。


意を決したスクアーロは、いまだ袋から目が離せないでいるXANXUSに言う。

「あ、あのなぁXANXUS。オレは人を好きになるのは自由だと思うぞ。だがなぁ、いくらオレたちが裏社会の人間だからって一応ルールってもんがだなぁ、…っておい、聞いてるのか?」
「だめだっ!出てくるんじゃねぇ」

スクアーロの言葉などまったく聞いていなかったXANXUSが声をあげる。麻袋の口が開いてしまったのだ。
2人が息をのんで見つめていると、中から小さな猫が顔を出しぷるんと頭をふるわせた。

『ミャア!』
「……っ?!」あ然とするスクアーロを尻目に、XANXUSは猫に駆け寄った。

「バカ!出てくんなって言っただろ」

「……なぁ、ちょっと訊くが、もしかしておまえが言った『見たのか』っていうのは、その…」
「そうだ、こいつのことだ」
「……………」
















******

カリカリカリ…

XANXUSとスクアーロは共に膝を抱え、XANXUSからもらったエサを無心に食べる猫を眺めている。

一週間ほど前、庭で見つけた時カラスに襲われそうになっていたんだとXANXUSは話した。
まだ生後半年ぐらいだろうか。ふさふさした毛はところどころ汚れ、少し切れている耳が、生まれてからこれまでの過酷な生活を物語っていた。


「けど、なんでこんなとこに隠してるんだぁ」

王様のようなXANXUSの命令に従わない人間などいないはずなのに、なぜ彼は猫を屋敷に連れて行かないのか、スクアーロは不思議に思った。

「おまえが世話したいって言えば、反対する奴なんて誰もいねぇだろ」
「……そういうの、ガラじゃねぇだろ」
「え?」
「使用人の分際でうるせぇな、とにかくてめぇはここで見たことを誰にも言うな、わかったな?!」

XANXUSは猫から目を離さずそう命令して口を閉じた。猫はすでにエサを食べ終え、さかんに前足で顔を拭き身繕いの真っ最中だ。
2人はしばらくその様子を無言で眺める。


スクアーロはXANXUSが言った『ガラじゃない』という言葉に、他人に対して精いっぱい虚勢を張って暮らしているのであろう14歳の少年の姿を見た気がした。
思えば彼は匣兵器であるベスターのことも可愛がっているし、元々動物好きだったのかもしれない。だからこうして、小さな迷い猫も放っておけなかったのだろう。
でも周りにいる大人たちにそういう自分を見せるのが嫌で、隠れてエサを運んでいたのだ。あんなにも側近や使用人がいながら、誰一人としてこの猫のことを話せる相手がXANXUSにはいない。



「……こいつの名前は?」
「そんなもんねぇ」
「どうしてだぁ」
「飼うつもりもねぇのに名前なんかつけるわけねぇだろ」
「じゃあ捨てるのか」
「てめぇバカか。こいつは元々野良だ。自分で行きたいとこに行くに決まってんだろ。…こいつらは自由なんだから」

「…自由、か」そう呟いて、スクアーロは手を伸ばし猫の頭を撫でようとした。
すると、驚いたのか猫はぴょんと跳ね、そのまま扉に向かって走りだした。そしてXANXUSが追いつく暇もなく、少し開いていた隙間から外へ飛び出してしまった。

「このドカスッ!てめぇのせいだぞ!」
「は?」
――いやいや、おまえがドアを閉め忘れ…、っつーか今、猫は自由だから好きな時に出て行けばいい、みたいなこと言ってたじゃねーかぁ。
と、思ったが当然口には出さない。

「どうするんだっ!」
「どうするって…、探すしかねぇだろぉ」

…さっき一瞬XANXUSのことをかわいそうだと思ったのは、気のせいだったのかもしれない。
そんなことを考えながら、スクアーロはXANXUSと共に猫を追って外へ出た。











つづく
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………いやだ、こんなに長くなる予定じゃなかったのに;;
つづくそうですよ(´`;

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