12/27の日記

21:32
いいですか、人はそれを惚気と呼ぶのです
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※リーマンボスの叔父さんがセコ様で、しかもボスの上司っていう設定です。スクアーロさんの話し方も変です。
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「なんでそんなことを話す必要があるんだ」

 XANXUSは隣に座る男に無碍もなくそう言い放ち、目の前にあるグラスを掴んだ。けれどその表情は言葉とは裏腹に、彼にしては珍しく柔らかだ。
なんとなく落ち着かない様子で残っていた酒を飲み干すと、カウンターの中で別の客と話していた店の主人が、すぐに同じ物を差し出した。そうして隣の男にも尋ねる。

「おかわりは?」
「いや、まだいい」  

店主は軽く頷いて、再び客と話の続きをはじめた。彼はこうして客と会話をしながら、それでいて別の客にもちゃんと気を配っている。酒場特有の喧騒や派手な照明もなく、客との適度な距離を保つこの小さな店を男は気に入っていた。

そういえば初めてXANXUSをここに連れて来たのは、彼がまだ大学に入って間もない頃だったか。
今ではすっかりスーツ姿が板についたXANXUSを見て、男はふとそんなことを思った。彼が既に三十路を過ぎていることを考えれば、少なくとも十年以上も前のことになる。

 男にとって甥にあたるXANXUSは、父親、つまり男の兄と折り合いが悪く、早くから家を出ていた。そんな息子を案じた兄から、たまに様子を見に行ってくれと頼まれて、男はよく彼を食事に連れ出したりした。父親には反抗的な態度しかとらない彼も、叔父である男が誘えば渋々のような顔をして、それでもいつも必ずついてくるのだ。
男の方も兄から頼まれた義務感というよりは、自分と似たタイプであるXANXUSが弟のように思えて純粋に気がかりだった。
実際2人はよく兄弟に間違われるほど外見がそっくりで、性格も温厚な父親と比べると、XANXUSのそれは明らかに叔父似だといえるだろう。幼い頃からおとなしい兄とは正反対だった男は、今でこそ立派なビジネスマンとして数多くの部下の上に立つ身だが、若い頃は随分と無茶をして兄や両親をてこずらせていた。

そしてXANXUS自身気づいていないけれど、彼が年齢を重ねるにつれどんどん叔父に雰囲気が似てくるのは、無意識のうちに彼に憧れ、尊敬しているからに他ならない。  
その証拠にお互い分刻みのスケジュールに追われながら、それでもたまに男が誘えばXANXUSはなんだかんだ言いながら、結局はこうして時間を割いてやってくる。

「言いたくないなら無理にとは言わないが…、興味があったんでな」  

口を閉ざしたままのXANXUSに、男は静かに言った。

「…興味?」
「ああ。お前は今まで何人もの女と付き合ってきたが、一緒に暮らすのは初めてだろ」

その言葉に、XANXUSは何かを考えるようにして手の中のグラスを見つめる。

「自分の生活の中に他人が入りこむのを嫌っていたお前の気持ちを――、」男は灰皿に置いてあった吸いかけの煙草に手を伸ばす。

「変えさせた人間のことを知りたいと思うのは、叔父として当然だと思うが」

紫煙をくゆらせながら彼が笑ってみせると、XANXUSもまたつられるように煙草をくわえ、ゆっくり煙を吐き出した。

「…あいつを、スクアーロを知ってるだろ」
「もちろん。彼がうちに入社した時はちょっとした騒ぎだったからな」
「騒ぎ?」
「なんだ、知らないのか?…あぁ、お前はちょうど海外赴任中だったな。人間ばなれした綺麗な男をひと目見ようと、わざわざ彼の部署へ見物に来る女子社員が大勢いて、上司が仕事にならないと困っていた」

笑いを含んだその言葉に、XANXUSはふんと鼻を鳴らした。
その彼こそがXANXUSの部下であり、今一緒に暮らしている恋人、スクアーロだ。ちなみにXANXUSは、本部長である叔父の部下という立場だ。

「俺も最初はそいつらと同類だったのかもしれねぇな」
「背が高くて細身でクールな美人。それに気が強そうなところも、まさにお前のタイプそのものだ」
「おい、言っておくが俺は男が好きなわけじゃねぇぞ」
「そんなことはわかってる」

さらりとそう返され、XANXUSはバツが悪そうに視線を逸らした。

「お前が彼に惹かれた気持ちはわかる。俺が知りたいのは、彼の何がお前を本気にさせた…、」
「はじめは好奇心からだ」

男の言葉を遮ったXANXUSは、少し間を置いてから再び口を開く。

「何度か飲みに誘ってるうちに、その好奇心が抑えられなくなって、ある晩俺はあいつを嵌めた」













****
「気分が悪い。どこかで休みてぇ」

 そう言ってわざとらしく額を押さえてみせると、案の定あいつは驚いたように俺の顔を覗きこんできた。

「だ、大丈夫ですか?休むって言ったって、ここらへんは……」

――ラブホ街。計算通りのセリフを吐くスクアーロに、俺は内心ほくそ笑んだ。

「ちょっと横になりたいだけだ。どこだってかまわねぇ」
「…わかりました。じゃあ、あの一番近いところに。大丈夫ですか副本部長、歩けますか?」
「あぁ…」

ちょろいもんだと思った。見たところ、やつはストレートだが俺を嫌いではないはず。いやむしろ、好意を持ってるのは日々の言動を見てりゃあバカでもわかる。お互いかなり酒が入ってるし、エロビデオでも流しながら耳元で好きだとかなんとか適当に囁けば確実にデきる。とにかく、部屋にさえ入っちまえばこっちのもんだ。
――と、思っていた。

 ところがあいつは俺の予想の斜め上を行く男だった。

「副本部長、上着脱いでください」

部屋に入るなりそう言われ、さすがの俺も一瞬あ然となる。普段はとりすました涼しい顔で、部署の奴らと飲んでもシモネタひとつ口にしないくせに、2人きりになるとこんなに積極的なのかと。もしかすると、誰とでもこういうことをするのか…?この外見だからな。なきにしもあらずってとこか。
言われるまま黙って上着を脱ぐと、スクアーロはそれを受け取りソファーの背もたれに置いた。

「……何してるんですか?ズボンと靴下も」
「は?」

これにはさすがに声が出た。これじゃあまるで、風○に遊びに来てるリーマンじゃねぇか。けどここで反抗してもしょうがねぇと思い直し、俺は素直に脱ぐとやつにそれを渡した。

そして下着一枚になった格好で、いよいよかと目の前にいるスクアーロに手を伸ばしかけた瞬間、あいつは身を翻しベッドの毛布をめくった。

「……」

正直ここまで積極的なやつは初めてだ。俺だって男を抱く経験はなく、嫌がるのを無理に抑えつけ、それでも結局最後はとろけた顔をして俺の隣で眠る部下…。
そんな展開を考えていた俺は若干萎えかけた。だがここまで来て、みすみす獲物を逃すことは男としてのプライドが許さねぇ。
俺はスクアーロに歩み寄り、正面に立って今度こそほっそりとした肩に手をかけようと―――。

「さぁ、早く横になってください」

唐突に腕を引かれバランスを崩した俺は、そのままベッドに座りこんでしまう。呆然とする俺の顔を覗きこんで、あいつは言った。

「何か飲みますか?アルコールは絶対だめですよ。あ、あそこに冷蔵庫がある。水、取ってきます」


 知ってるか?人間、あまりにも勘が狂っちまうと、性的な欲求も萎んでしまうんだと、その日俺は初めて知った。誰もが息をのみ、見とれてしまう外見とは裏腹に、前々から抜けてやがるとは感じていたが、まさかこれほど鈍感でバカだとは…。ここはラブホだぞ。男と女、たまに例外もいるが、とにかくカップルがセックスをしにくる場所だ。普通ここまで来たら空気でわかりそうなもんだろ、このドカス。

「さぁ、副本部長。飲んだら寝てください。気分が良くなったらタクシーを呼んで帰りましょう」
「…おまえはどうするんだ」
「オレ、いや僕はこのソファーで座ってます。ちゃんと起こしますから」
――安心して眠ってください。













****
「だがあのバカ、そのまま朝まで眠りこけやがって。おかげで次の日、2人そろって同伴出勤だ」
「同伴か。あぁ、すまない。笑っちゃ悪いな。しかし、おまえが手を出さなかったとは驚いた」 「出さなかったんじゃねぇ。出せなかったんだ。ペースを乱されすぎて。あいつみたいなバカは…初めてだ」

 最後に小さくため息をついて、XANXUSは席を立った。

「帰るのか」

思わず笑ってしまったことで機嫌を損ねたのかと思った男に、彼は「手洗いだ」と答え、店の奥へ消えて行った。
その後ろ姿を見送っていると、カウンターの上に煙草やライターと共に置かれていた彼の携帯が音をたてて震えだした。
放っておけばいずれ止むだろうが、静かな店内にバイブの音が意外に響き、男は仕方なく着信を止めようと携帯を手にした。そうして不可抗力で目にした着信画面の名を見て、年甲斐もなく悪戯心が芽生えた。いや、XANXUSが言った“好奇心”というべきか。
彼はおもむろに通話キーを押すと、無言のままそれを耳にあてた。

『あ、もしもし、XANXUSか?…ごめん。連絡ないから心配で電話しちまった。大丈夫か?本部長に呼び出されて、なんか言われたんじゃねぇの?…もし、もしもオレのことだったら、オレはいつでも別れる覚悟はできてるから遠慮せず言ってくれ。オレ、おまえの足を引っ張るぐらいなら、…って、聞いてんのかぁ?おい、XAN…』

その時、こちらに向かって歩いてくるXANXUSの姿が見え、男は途中でキーを押し何食わぬ顔で携帯を置いた。
何も知らないXANXUSは男の隣に腰をおろし、ぼそりと呟く。

「…ったく。あんな話するつもりなかったのに。酔ったのかもしれねぇ」
「――なぁXANXUS、俺はおまえが羨ましい」
「……はぁ?」


 突然そんなことを言い出した男を見て、XANXUSは自分同様、珍しく叔父も酔ったのではないかと思った。

そろそろ帰った方が良さそうだ。先に寝ていろとは言ったけれど、きっとあいつのことだ。またソファーでうたた寝でもしているに違いない。










end

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