10/14の日記

14:09
心中未遂
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 沢田綱吉が望むと望まざるに関わらず、ボンゴレ十代目ボスの座についてからというもの、それまで幾度となく繰り返されてきた敵対勢力との死闘や内部抗争はなりを潜め、現在ファミリーはその歴史上、最も安定した時期にあるといえるだろう。

 何事も力で無理やり抑えつけるタイプでない彼は、傘下にあるファミリーのボスたちに強硬な命令を強いることはほとんどないけれど、一年のうちで一日だけ、彼の就任が決まった日にパーティーと称した大規模な幹部会を開き、彼ら全員を召集することだけは就任以来ずっと続けていた。

この日はたとえいかなる事情があっても、みな顔を揃えなければならず、各地からVIPがドン・ボンゴレの元へ一斉に集まってくる。
それは就任当初、若さ故に舐められることが多かった彼の、押さえるところはきっちり押さえるという、暗黙の意思表示なのだと今では誰もが理解していた。


 そしてそのパーティーで客から車のキーを預かり、駐車場まで移動させるのが、その年に入ったばかりの新人の初仕事になるのが決まりだった。
もちろん粗相があってはならないので、彼ら新人はそれぞれ指南役とでも呼ぶべき先輩の男と二人組になるのが通例で、着慣れないブラックスーツに身を包んだ若者は、男の支持に従って来客一人一人に深々と頭を下げ、緊張の面もちでキーを受け取る。
こんな機会でもなければ、下っ端など顔を合わせることさえできない幹部たちも、新たに同じ世界に足を踏み入れた彼らの顔をちらりと視界に入れ、今年の新人だと認識するというわけだ。



 失態もなく無事何組かを迎え入れ、ようやく若い男の緊張も和らいできた頃、低いエンジン音を響かせてマセラティの黒いクーペが門を入ってきた。
それまで外国製の重厚な大型車ばかり目にしていた男は、スポーツタイプのそれを見て一瞬驚いたが、その搭乗者にさらに驚かされることになる。

エントランスで停まった車の運転席から降りたスーツ姿の長髪の男が後部座席のドアを開けると、彼のボスらしき男が姿を現した。深い黒色のロングコートを羽織ったその男の登場で、明らかに周囲の空気が変わったが、彼はまったく意に介さずというふうに、屋敷の入り口まで敷かれたカーペットを黙々と進んでいく。
普通なら、みな運転手の他に数名の屈強なボディガードを従えているのが当たり前だ。だから必然的にリムジンタイプの大型車になる。なのに彼らはボスと部下のたった二人きり。それも運転してきた男は、屈強とはかけ離れたモデルのような華奢なスタイルをしている。

 若い男がぽかんとしていると、後ろにいたもう一人の男が彼の背中を肘で押した。

「ッ!、あっ、あのっ、ご苦労さまです。お車のキーをお預かりさせていただきます」

すると声を掛けられた男は足を止め、少し考えるようにして彼に言った。

「…オレたちすぐに引き上げるから駐車場には移動させるな」
「え、でも…」

キーの引き渡しを拒否されたのは初めてで、若い男はどう対応していいのかわからず言葉につまる。

「あ〜…、だったら車はそこらの邪魔にならねぇとこにでも置いといてくれ」

男はそう言うとキーケースを渡し、口元を少し緩めた。「新人の仕事とっちゃあ悪いからなぁ」

そして彼は先に行ってしまった男を追うようにして、早足で去って行った。
若い男は渡されたキーケースを握りしめながら、左右に揺れる銀色の髪が屋敷の中に消えてしまうまで見送っていると、背後から声をかけられる。

「今の男、知ってるか?」
「えっ、…とても、綺麗な人ですね」
「はぁあ?何言ってんだお前。あれがヴァリアーのスクアーロ様だ」

その言葉に若い男はハッとした。そういえば…、キーを渡された時、彼は皮の手袋をしていた。

「お名前はもちろん知ってますが、お顔は初めて…、あっ!」
「な、なんだよ急に大声出しやがって」
「じゃあ、あの黒髪のコートの人が…」
「XANXUS様だ。最近は二人ともあまり表舞台に姿を見せないから、お前ら新人が顔を知らないのも当然っちゃ当然か」

そう言うと、来客がひと段落したこともあり、男は胸ポケットから煙草を取り出した。

「今じゃボンゴレも安泰だが…、あの二人がファミリー相手に二度もクーデター起こしたのは知ってるよな?」
「はい、それは。でももうかなり前の話だと」
「ああ、俺も上の人間から聞いた話だが、二度目にしくじってから色々とあったらしい」
「いろいろ…?」

男は大げさにフーッと煙を吐き出すと、勿体つけるように声をひそめた。

「二度目のクーデター後、査問会に掛けられたヴァリアーは、何故か重罪にならず謹慎処分にとどまったわけだが、それにはひとつ条件があったんだ」
「……」
「二度のクーデターに荷担した幹部、スクアーロ様をXANXUS様から引き離すこと。九代目にしてみれば、実子であるXANXUS様をどうにかして守りたいって気持ちもあったのかもしれねぇな」
「それで…、スクアーロ様は?」

若い男は息をつめ続きを待つ。

「ここからはまぁ噂の域だが、まさか消すわけにもいかないってことで、二度と二人が接点を持てないよう、スクアーロ様をある実業家の娘と結婚させてイタリアから出そうとした。――そこでだ、」

彼は言葉を切り、意味あり気な視線を若い男に向ける。

「こともあろうか、XANXUS様がスクアーロ様を連れて逃げた」
「えっ」
「すぐに追っ手を差し向けられ、追いつめられた二人は海へ身を投げたそうだ」
「……そんな、」
「追っ手の目の前でお互いの手首を縛ってな…。まぁ、もちろんこれも噂だが」

若い男の脳裏に、ついさっきXANXUSを追って行ったスクアーロの後ろ姿が浮かんだ。

「元々周囲から浮いた存在だったらしいが、男同士で起こした心中未遂で決定的に異端視されるようになったってわけだ。そんなことがあって、牙を抜かれたようになった二人は、虎視眈々と狙ってた十代目の座も諦めるほかねぇよな。狂犬みたいだったスクアーロ様も、それ以降すっかり大人しくなっちまったってさ。だから今は黙って幹部会にも顔を出すし、まぁ仕方ねぇよな、マフィアのボスと部下が心中騒ぎ…」

突然男は口を噤み、慌てた様子で手にしていた煙草を消した。若い男が振り向くと、屋敷に入ったばかりのXANXUSとスクアーロがもう出てきたようだ。先ほどと同じく、XANXUSの数歩うしろをスクアーロが歩いてくる。

消した煙草を上着のポケットにねじこんだ男は「ご苦労様でした」と恭しく頭を下げるが、XANXUSは眉ひとつ動かさずエントランスに向かう。
スクアーロは若い男の前で立ち止まると、預けたキーを受けとるために手を差し出した。

「あっ、すみません!お車を移動する間もなくて、」
「かまわねぇ。さすがにオレも今回は驚くほど早かったからなぁ。五分といなかったんじゃねぇのか、うちのボスさん」

笑いながらそう言うスクアーロに、男の視線は釘付けになる。



「おい、さっさとしろ」

先に車まで戻ったXANXUSの一声で我にかえった男は、慌ててキーケースを返した。

「すみません」
「そう何度も謝るなって」
「すっ、……お気をつけて」

あぁ、と答えて、彼はXANXUSの元へと歩きだす。

 最初に言葉を交わしてから、スクアーロは男に対して終始穏やかに接していた。けれどその瞳には、たしかに鋭い光が宿っていた。
ほんとうに牙を抜かれたのだとしたら、二人そろってこの世界から足を洗い、ラクな道を生きることもできたのに、二人は敢えて残ることを選んだ。
男には、それが彼らの深い決意のあらわれではないのかと思えた。
彼らは牙を抜かれたのではなく、今は隠しているだけなのかもしれないと。 



 バタンとドアが閉まる音がして、すぐにエンジンが唸りをあげる。
 男は走り去る車に向かって、深々と一礼をした。



 





end
10/14




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多分必死で拒否るスクアーロさんを半ば無理やり拉致るようにしてボスは逃げたと思います
どこに行くとか、これからどうするとか、一切あてなんかない
でもとにかくスクたんを連れて逃げたんだと思います
ボスとスクアーロさんには二人にしか知らない過去がある

作業中のBGMを椎名林檎氏とかにしちゃだめですね
“心中と”か“心中未遂”にすごく思いを馳せてしまって、どうにも書きたくて仕方なくなる´`



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