09/29の日記

17:34
Duet
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 その王様はとてもわがままで気が短く、暴力的で反抗する人を次々に投獄したり処刑したりするので、今までに何度も命を狙われてきました。
けれど、そんな暗殺計画がことごとく失敗するのは、王様の護衛をする家来の男のおかげです。
男はいつも身を挺して王様を守りました。男は自分よりも王様の方がずっと大切だったのです。

 2人の出会いは、はるか昔。
王様がまだ王子だった頃、父親である王がどこからか小さな男の子を連れてきました。
はじめて彼を見た時、王様はきれいな女の子だと思いました。本で読んだ雪の国のお姫様にそっくりだったからです。
彼は自分たちとは違う、見たこともない髪と目の色をしていて、きれいなものが大好きな王様は、ひと目で男を気に入りました。
それから男は王様の付人としてお城で一緒に暮らしていましたが、年の近い2人は王様と家来というよりは兄弟のようにして育ちました。


 時が経ち、青年になった男の美しさは下々の民にまで噂されるほどで、それが自慢であり片時も彼を離したくない王様は、ある日男を自分の馬に乗せ2人で森に出かけたのですが、不運なことに落馬した男は左手を失ってしまったのです。

「あのとき俺が手綱を緩めさえしなければ」

そう言って後悔する王様に男は笑って言いました。

「おまえに捧げたと思えば、腕の一本や二本どうってことねぇ」

 こうして傷ひとつなかった完璧な男の美しさがひとつ欠けてしまいましたが、王様は残念に思う反面、片翼を失った鳥が決して空へは飛んでいけないように、男がそれまで以上に自分だけのものになったような、そんな気もするのでした。



 時はさらに流れ、父親が亡くなった王様は王位に就き、男は片腕の警護隊長として彼と共に生きていました。

その頃王様には男の他にもうひとつ、離したくないものができていました。
それは、遠く異国から献上された世にも珍しい動物で、なんでもライオンと虎をかけあわせて生まれたライガーという白い猛獣でした。

このライガーが来てからというもの、今まで以上に王様の命を狙う者はいなくなり、まさに王様は王様の中の王様。誰も彼に刃向かう者などいません。
自分を愛してくれる男とライガーに囲まれた王様は、この世で自分の思い通りにならないことなどないと考えるようになりました。


 そんなある日、男と話をしていた王様は、彼が笑った拍子に目尻にほんの小さな皺ができたことに気づきました。
王様は思わず手を伸ばし、彼の目尻に触れました。

「おまえ、皺が…」

男は驚いて鏡の前に行き、自分の顔を覗きこみます。するとやはり王様に言われた通り小さな皺がありました。

 人間というものは生まれた日から毎日年をとっていくもので、老いは誰にでも公平におとずれます。
たとえそれが、どんなに人間離れした美しい男であっても。
男は元々自分自身の外見には無頓着だったのですが、成長するにつれ、王様が自分の容姿を気に入っているのだということに気づきました。
王様の周りにいる女たちが、年をとるとお払い箱にされるのを目にしてきた男は、もしかすると自分も棄てられた女たちのように、王様のそばにいられなくなるのではないかと思いはじめます。
そしてその日を境に男は鏡を見る時間が増え、そのたびにため息をつくのでした。

 そんな男の姿を見ていた王様は、ライガーの頭を撫でながら独り言のように呟きました。

「やはりあいつは美しさを失うのが怖いのだな。俺もあいつには、いつまでも美しいままでいてほしい」



 それからというもの、王様はありとあらゆる手段を使って、世界の国々から若返りの薬や年をとらない医術、果ては魔術の類まで、美しさを保てると聞けばすべて試してみるのでした。

男に過度な食事制限をさせたかと思えば、逆に得体の知れないものを無理やり食べさせたり、ひと月のあいだ林檎だけしか与えなかったこともありました。怪しげな薬や注射を投与され、生死の境をさまよったことさえあります。


 こんなことが続き、男の身体はみるみる弱っていきました。
あんなにも勇ましく剣を振るっていた男は、王様の護衛どころかベッドの上で過ごすことが多くなり、元々透けるように白かった肌は、さらに青白く真冬の雪の大地のように冷たくなりました。けれどもそれは同時に儚げな美しさを孕んでいて、王様は男に止めるようには言いませんでした。
彼も美貌を保つことを望んでいるのだと、王様は思っていたのです。



 ある晩、薬を飲もうとした男がうっかりそれを落としてしまいました。
薬はちょうど眠っていたライガーの鼻先に転がり、男は屈んでれを拾うと、細い指でライガーの顔をゆっくりと撫でます。

「おまえはいつもあたたかいなぁ。……いいか?もしオレが死んだら、おまえひとりであいつを守るんだぞ」

彼はライガーのふさふさとした鬣に頬ずりをしながら言いました。自分の身体なのですから、このままこんなことを続けていれば、いずれ死んでしまうことは男がいちばんよくわかっています。けれど男は王様にやめるように言うつもりはありませんでした。
王様が美しいままの自分を望んでいるなら、彼の思い通りにしてあげたかったからです。それに、もし今死ねたら醜く老いた姿をさらすことなく、王様の記憶には永遠に美しいままの自分が残るのです。
男は正直、それもいいなと思っていました。

 ライガーはひくひくと鼻を鳴らすと、甘えるように彼の胸元に顔をうずめてきます。

「おい、くすぐってぇな。……なぁ、さっきの約束、頼んだからな」

男は優しく頭を撫でながらそう言うのでした。








 それから数日後、王様は1人で馬に乗り出かけました。
落馬事故以来、2人で乗ることはしていませんでしたが、よく男と一緒に二頭の馬で連れ立って来た森を散策していると、いつの間にか奥深くの湖まで来ていました。
この場所は王様と男以外は来ないので、少年時代から何度か2人で水浴びをしたことがありました。

王様は、お互い裸で戯れた頃を思いだします。
鬱蒼とした森の中、少しだけ差す木洩れ日に照らされる一糸纏わぬ男の姿は、何度見ても息をのむほど美しく、神々しいほどでした。


カサ……ッ、

 突然背後で音がして振り向くと、そこに小さな男の子が立っていました。昨夜降った雨のせいで辺りがぬかるんでいて、彼の足元は泥だらけです。
王様は驚いて尋ねます。

「誰だおまえは。どうやって来た?ここはおまえたちが立ち入りできる場所ではないぞ」

けれど男の子は何も答えず、ただじっと立っています。
見れば、彼は胸に何かを抱いているようです。

「…なんだそれは…。猫、か?」

馬上からもはっきりと白い猫が見えました。彼は一体何をしているのでしょう。気の短い王様は、たとえ相手が子どもであろうと関係ありません。先ほどより強い口調で言いました。

「答えろ。おまえはここで何をしている」
「……猫を、猫を捨てに」
「…捨てに?なぜだ。家の者にでも言われたのか」

すると男の子は首を横に振ります。

「だって、かわいくなくなったから」

王様はそれを聞いて一瞬言葉を失いました。彼は、かわいくなくなったから飼い猫を捨てにきたというのでしょうか。

「――おまえ…、その猫をずっと飼っていたのか」
「うん。子猫の時から」
「それを…、捨てる?」
「だって、子猫の時はかわいかったけど、もうこの猫は年寄りだし、この猫を捨てて、またかわいい子猫を飼うんだ」

王様は今度こそ本当に言葉をなくしました。

 普通なら年月が経てば経つほど、愛情が増すものではないのか。子猫の時から何年も一緒に暮らしていただろう年老いた猫を、こんな森深い湖に…捨てる。


「おまえは……、鬼だ」

王様の声は低く、そして微かに震えています。
すると男の子は、王様の目をじっと見つめて言いました。


「どうして?僕は、王様と同じことをしようとしているだけなのに」
「ッ?!、」






 気がつくと、王様は1人。あたりは鳥の声と木々のざわめき以外なんの気配もありません。
王様はしばらく呆然としていましたが、突然ハッと我にかえり城へ向かって駆け出しました。




 城では男が、また新しい薬を口にしようとしていました。
すると、珍しく王様が走る靴音がして、ドアの方を見ると同時に彼が飛び込んできたのです。

「ど、どうしたんだ?」

王様は目を丸くする男の手から薬を奪いとると、そのまま男を抱きしめました。

「ッ?!」

驚いて言葉も出ない男に、王様は夢中で言います。

「俺は今のおまえが好きだ。だが、過去のおまえも未来のおまえも、同じくらい愛している」
「……」
「だからもう何もするな。そのまま年をとればいい」

男は王様の言葉になんと答えていいのかわかりません。すると王様は手を離し、男の顔をじっと見つめます。

「2人で一緒に老いればいい。…わかったな」

黙って静かに頷く男を、王様は再び強く抱きしめました。


 その時、王様が開けたドアからライガーが入ってきました。
それを見て、男は走り寄ります。

「おまえ、メシも食わねぇでどこに行ってたんだよ?ずっと探して、……あれ?」
「どうした」
「こいつ、足が泥だらけなんだ」

ほら、と男が指差したライガーの白い足先は、4本とも泥で汚れています。
それはまるで、雨上がりのぬかるんだ道を歩いてきたかのようでした。










end
9/29

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“子はかすがい”じゃなくて“ペットはかすがい”

実際大きくなった犬や猫をかわいくなくなったからって保健所なんかに連れてくるキチ○イがいると聞いて、悲しくなりました
わたしにはまったく理解できません;

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