06/24の日記

08:35
夢のあと(後編)
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 幸い彼が男にしては小柄だったので、身につけていた洋服をそのまま拝借することができた。

 目的の場所は海のそばにある静かな街で、その高台で見つけた目当ての家は、門の向こうに青々とした芝生が広がり、あちこちに色とりどりの花が咲いていて、まるで雑誌に載ってる家みたいだった。

 ここにXANXUSが住んでるのか…?
 すでに傾きかけているオレンジ色の太陽と、眼下に望む青い海をバックに建つ白亜の邸宅。
そんな絵に描いたような屋敷がどうにも彼と結びつかず、オレは一瞬隊員が咄嗟に嘘を教えたのではと思ったが、下着一枚にされても微動だにしなかった姿を考え、それはないかと思い直した。
 とにかく病室で倒れているあいつが見つかれば、すぐルッス達に連絡が行くだろう。どうしてもXANXUS本人に確かめたいことがあってここまで来たのに、邪魔が入れば元も子もない。


 オレは車から降り、門の前に立って呼び鈴に手を伸ばした。けど、誰が応答するのだろうと考えると、どうしてもそれを押すことができず、その手で鉄の格子を掴んで足をかけた。
8年間で多少筋力が落ちていても、こういう動作は身体が覚えているらしく、自分の身長より遥かに高いそれを難なく越すことができた。
 そして一面に咲く花々を踏み散らし庭を進む。花を踏むたび、足元から甘ったるい匂いが立ちのぼりめまいがしそうだ。

 一体このメルヘンチックな庭は誰の趣味なんだ。少なくともオレの知ってるあいつは、こんなものを好むタイプじゃなかった。

…じゃあ誰が―――?


 その時いきなり青いボールが目の前に転がってきて、それを追うように1人の男の子があらわれた。

「………」
「………」

その子はオレに気づくと、転がったボールをほったらかしにしたままじっと顔を見上げてくる。
そしてオレも言葉を失い彼を見つめた。

 子どもは――、間違いなくXANXUSの子だった。
髪の色とか瞳の色、そんなもの見るまでもなくオレにはわかる。
3、4歳だろうか。彼は父親そっくりの鋭い眼差しをオレに向けピクリとも動かない。


「……XANXUS…、パパは家にいるか?」

やっとの思いでそう訊ねると、彼は黙って頷いた。

――そうか。
半信半疑だったが、やっぱりあいつは家庭を持ったのか。
だから病院にも来なかったわけだ。
今さらオレの意識が戻ってゴタゴタするのはたくさんなんだろう。昔から面倒くさいことが嫌いなあいつらしい。

 目の前に子どもという現実を叩きつけられ、勝手に8年ぶりの再会を妄想していたオレは、自分の馬鹿さ加減に口元が歪んだ。
なんの根拠もなく、XANXUSが待ってくれているような気がしていたが、考えてみれば元々オレたちの間には約束なんて何もなかった。
それどころかむこうにすれば、オレとの関係なんてとるに足りないものだったのかもしれない。
知らないふりをしていたが、縁談の話だっていくつもあった。

 腐れ縁みたいなオレが消えて、あいつもやっと身をかためる気になったってわけか。オレみたいに身体中に血の匂いが染み付いた女じゃなく、普通の女と――。








 突然指先がぐにゃりとしたものに触れてハッとする。
見ると、オレはいつの間にか屈んでいて、右手が子どもの細い喉を掴んでいた。

「………」

それまでこっちを睨むように見ていた子どもの赤い瞳が、みるみる恐怖の色に染まってゆく。
 一体オレは何をしようとしてるんだ。
このまま力を加えれば、なんの罪もないこの子は確実に死んでしまう。
そんなことわかりきってるのに、身体の奥から湧き上がってくる感情をコントロールできず、手を離すことができない。

 どうして待っててくれなかったんだ。
 どうして子どもなんか……!

 その間も右手はどんどん柔らかい肉に食い込んでいく。

――そうだ。だったらこいつを殺してオレも死のう。死んでXANXUSに謝るんだ。
“あんたの子どもを2人も殺してごめん”って…。











「カス、手を離せ」
「ッ!」

 オレは反射的に顔を上げた。

「………ボス…」

 目の前にいるXANXUSは、8年前のまま何ひとつ変わっていないように見えた。あの日。任務に発つ日の朝、最後に見た彼の寝顔が重なるように浮かぶ。
 子どもができたとわかった時、真っ先に拒絶されることを恐れた。
けどもしオレに勇気があれば。あの朝隣で眠っていた彼を起こして話せていたら――。

 情けないことに、XANXUSの顔を見た途端、そんな今さらどうしようもないことが頭をよぎって視界がぼやけだした。
 意識なんて戻らなきゃ良かった。一生眠ったまま夢をみていれば、知りたくないことを知らずにすんだのに。
でも現実にオレは今、XANXUSの目の前で彼の息子を殺そうとしている。
 だったらいっそ、このまま彼の手でオレを…。


「ごめん、ボス。オレ…、」
「おまえは自分の子を殺すつもりなのか」
「………」

――いま、なんて……?


「ママ!」

 その声を耳にするまで、XANXUSの隣にもう1人女の子がいることにまったく気づかなかった。
彼女は呆然とするオレに向かって、もう一度言った。

「ママ」

頭が混乱して何が起こってるのかわからない。
この少女は何故オレのことを“ママ”なんて呼ぶんだ。
もしかするとこれは全部夢で、オレはまだ病院のベッドで眠ったままなんだろうか。

 力が抜け子どもの首から指が離れると、彼は小さな手で喉を押さえコホコホと咳こんだ。


「この2人は正真正銘おまえの子だ。俺とおまえの」
「……は、ぁ?…あんた何言って――」

XANXUSが言ってる意味が理解できない。だってオレの子は8年前に…。

「い、いいかげんなこと言うなッ!!」

思わず叫んでしまった声に、目の前の子どもがびくっと身体を震わせる。

「あっ、あぁ、ごめん」
「すぐ病院に行かなかったのは、この双子を見ておまえが取り乱すと思ったからだ」
「こんなこと…、取り乱さねぇ方がどうかしてるだろ。一体どういうことなんだ。ちゃんと説明してくれ」

オレはできるだけ冷静になろうと声を抑えたが、唇の震えはなかなか止まらない。


「最初は…、殺したって死なねぇおまえのことだし、すぐに意識が戻るだろうと思ってた」
「……」
「だが半年、1年と経つうちに、もしかしたら一生このままなんじゃねぇかと思いはじめて…」

XANXUSは隣にいる女の子を見た。

「4年前、医者に眠っているおまえの体から卵子を採取させた」
「…それって、」
「ああ」

“代理出産”
言われてみれば不可能なことじゃない。
でも…。

「どうしてそんなこと」
「さぁ。俺がおまえみたいに我慢強くなかったからか、……だが、おまえもそう望んでるような気がしたんだ」



――それは、8年前にオレが子どもを死なせてしまったことを言ってるのか。
『なにがあっても絶対に裏切らない』
ずっとそう言い続けてきたオレは、妊娠を隠して子どもを始末しようとした。
XANXUSにしてみれば、これ以上の裏切りはなかったはずだ。
すべてを知った時、きっと眠っているオレをたたき起こして言いたいことが山ほどあっただろう。
オレはたとえ殺されたって仕方ないことをした。
 なのにXANXUSはオレを責めようとしない。
それどころか――。






「……あんたが好き勝手なことするのは今にはじまったことじゃねぇが、まさかここまでやるとはなぁ」
「医者にも散々止められた。おまえの意志や権利がどうのこうのと」
「あたりまえだろ。どんな手を使って脅したのか知らねぇが、気の毒な医者だ。…けど、もしオレがずっとあのままだったらどうするつもりだったんだよ」
「その時はシングルファーザーでいくしかないだろ」
「は?!テキトーなこと言ってんじゃねぇぞ」

 ……呆れた。この男には、心底呆れ果てた。




「…なんだおまえ、泣いてるのか。眠ってる間にえらくしおらしくなったもんだな」
「うるせぇ、いきなり2人の子持ちだなんて言われりゃ涙ぐらい――、」

 突然男の子がオレの頬に手を伸ばし、指先で涙をぬぐう。

「おまえ…、あんな怖いおもいさせたのに。優しいなぁ」
「そいつは口数は少ないが、俺に似て思いやりがあるんだ。この庭の花もママが帰ってきたとき喜ぶようにって毎日水やりしてる」

 この花はそうだったのか。

「“俺に似て”は余計だろ。そういやそっちの子は、なんでオレの顔を知ってたんだ?ママって…」

「だっておうちの中にママのお写真がいっぱいあるもの!」

 女の子は大きな声でそう答えた。
事実を知らされたからそう思うのか、よく見ると彼女はオレの小さい頃にそっくりな気がする。

「あぁ、なるほど。写真かぁ」

「でもね、」活発そうな笑顔を見せて、彼女はXANXUSを見上げた。

「一番たくさんあるのはパパのお部屋だよ。机にもベッドにもママのお写真がい〜っぱい!ね、パパ?」
「………」


 なんてことだ。あのXANXUSが娘に押されて言葉に詰まるなんて。
 その姿をあ然と見ているオレの視線に気づいたのか、XANXUSはわざとらしく咳払いをして言った。


「さぁ2人とも、ママに名前を教えてやれ。それから、おかえりのキスを―――」
















end
6/24


―――――――――――――

無駄に長い補足というかあとがきというか言い訳というかなにか



 後編書き上げていると言いながら、こんなに長い時間空いてしまってすみませんでした

ほんとうはうやむやにして闇の中に葬り去ろうかとも考えてました(笑)


なぜこんなに悩んでしまったのかというと、
最初、映画『キル・ビル』に触発されて勢いで書き始めたんですが、でも書いていくうちに、自分の中で疑問が生まれてきたんです

ボスが勝手に(?)子どもを作ったのは、もちろん8年前に「子どもができた」と言い出せないまま、その子を失ったスクたんの気持ちを考えたのと、4年待ったけど意識が回復する気配がなく、ふとこのまま一生スクたん無しで生きていくのかと考えたとき、彼女の遺伝子を持つ子と一緒なら待てるかもしれないと考えたからで、それはわかるとして、でもスクたんの立場になった時、どうなのかなって;

今回スクたんが女性なんだって思うと、同じ女性脳で考えてしまうというか、もし自分が昏睡状態になって目が覚めたとき、いくら好きな相手の子でも突然子どもができてたらどうするだろうとか、ボスもやっぱりスクたんが女なら少しは接し方が違うんだろうか…
などなど考え出したら何もかもが全部おかしく(変という意味)思えてきて、完全に着地点を見失いました(;ω;)

元ネタの映画は結局ハッピーエンドにはならなかったし、それを元にしたお話のひとつなんだから考えすぎっていうのはわかるけど、自分の中でどんどん辻褄が合わなくなってしまって、、、


書いた本人がそんな感じなので、読んでくださった皆さんもいろいろ思われることもあるかもしれませんが、今回ばかりは武士の情け(笑)で見逃してください

いろんな意味で深いです、ニョ鮫ママ……
やっぱりわたしは、軽〜いノリでJK鮫子&馬子あたりを書いてるのがいいのかもしれません´`


とりあえず今は、第3子ができるような行為を8年ぶりに実践する2人に想いを馳せながら……
はいごめんなさい(゜∀゜)

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