03/27の日記
23:05
スクたんお誕生日おめでとう!2013
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帰宅ラッシュにはまだ少し早い夕方の駅前。
おしゃれな店やカフェが建ち並ぶこの街は華やかな活気に溢れていて、広場ではカップルがよく待ち合わせをしている。
「お待たせ〜!」
その広場にいた数人の男性の中で、ひときわ背の高い男を見つけた少女が、改札の中から彼に向かって声をかけた。
けれど男はそれに答えるでもなく、無表情のままくわえていた煙草をふかす。
それでも彼女は一緒にいた友人たちに「じゃあね」と言い残し、改札を抜け一目散に彼の元へ走った。
「あの人が噂の彼?」「かっこいい〜!」背後から聞こえる羨望の声に口元を緩めながら、彼女は男の目の前まで来ると、胸元を押さえ大げさに呼吸をととのえてみせる。
「ごめんね、待った?」
「いや、今来たところだ」
「そう!良かった」
にっこり笑ったその顔に施された派手で完璧なメークは、もし彼女が制服を着ていなかったら、どこからどう見ても出勤前のキャバ嬢に見える。
けれど彼女はれっきとした高校生であり、しかもモデルだった。モデルといっても海外のステージで活躍するプロのそれではなく、いわゆる雑誌の読者モデル。それでも結構人気はあるらしく、たまにファンからサインや握手を求められることもある。
彼女は当然のように男の腕に自分の腕を絡めると、振り向いて友人たちに手を振った。
その途端あがった歓声に道行く人々が何事かと目を向ける。
すぐに彼女は人差し指を唇にあて、笑いながら“静かにして”と合図を送った。
「ごめんね、XANXUS。あの子たち、一緒に来るってきかなくて学校からついてきちゃったの」そう言いながら、男の腕にぴたりと身体を寄せた。
XANXUSと呼ばれた男は、言い訳するわりに満面の笑みを浮かべる彼女を見て、とんだ茶番だと辟易した。ついてきたも何も、自分が新しい男を見せたかっただけだろうと。
そうして何故こんな頭も中身も空っぽな女と付き合っているのかと考える。賢者モードというやつだ。
彼が初めて女性を知ったのは14、5の頃だった。それから大学生の今まで、その方面において不自由したことはなかった。
精悍な顔立ちに加え、程よい筋肉に覆われた男らしい肉体は、異性どころか同性からも羨望の眼差しを向けられ、その上高身長に高学歴。もうひとつおまけに実家は企業を経営していて、まさに非の打ち所がない。そんな男が女性を誘えば百発百中。もちろん黙っていても次々に向こうの方から寄ってくるものだから、若さも手伝って数え切れないほどの相手と関係を持った。
けれどそんな星の数ほどの出会いを重ねても、今まで誰一人としてXANXUSの心まで動かすような女性はいなかった。
よく映画や小説に登場する、好きな相手のことを考えるだけで胸をときめかせたり、時には嫉妬や切なさで身を切られるような想いをする人々の話を、彼は絵空事だと思っていたし、万が一そんな恋愛があったとしても、自分には一生無縁だと考えていた。
XANXUSにとって、これまで関係した女たちは皆、時間潰しと性欲処理でしかなかった。向こうだって彼の容姿や財力に惹かれ、中身など二の次三の次だろうからお互い様といったところだろう。
知りあいの紹介でたまたま出会ったこの少女も、高校生で人目を引くモデルというだけで、連れて歩くにはいいかもしれないと、そんな軽い気持ちでつきあいだした。けれど一度寝てしまうと妙に馴れ馴れしく彼女面をしだして、面倒くさいことこの上ない。
今日も誕生日だからと、レストランとホテルの予約をさせられ、強請られたプレゼントを買うために待ち合わせをしたけれど、正直さっさとヤって帰りたかった。
彼女の、スレンダーなわりにEカップの胸には少なからず魅力を感じるが、食事したり、セックスのあと一緒に眠るなど、考えただけで面倒だし時間の浪費以外何物でもない。
だいたい誕生日を祝われて当然だと思っている態度が――…。
「――って、…ねぇ、聞いてる?XANXUSっ!」
「……あ?」
「もぅっ!やっぱり聞いてないっ!」
グロスでテカテカに光る唇を尖らせ、彼女は自慢の胸でXANXUSの腕をぐいっと押した。
「なんだ?」話の内容になどまったく興味はないが、彼はとりあえずそう訊いた。
「だからぁ、今日せっかく誕生日だったのに、クラスにあたしの他にもう1人誕生日のやつがいて、ムカついたって話!」
「誕生日が同じだけでムカつくのか」
「もぅっ!ほんっとに何も聞いてないんだから!」
彼女は、最初からまるで自分の話を聞いていなかったXANXUSをじろりと睨んだ。
「あのね、あたしだけだと、おめでとうって言われるのもプレゼントもらうのも1人だから目立つじゃない。けど、そいつ…変わり者の男子なんだけど、おめでとうって言われてて…プレゼントまで渡す子もいて…」
彼女はそこで言葉を切った。
要は1年で一番目立つはずの日に、そのクラスメートのおかげで自分の誕生日が霞んでしまったのが気に食わないらしい。
「ほんとに変わってるんだよ、その男子。頼まれもしないのに教室にある観葉植物に水やったり、学校に迷いこんできた野良猫を餌付けしちゃったり、外見も女みたいで、白くて細くて髪だって無駄に長く伸ばしてて」
…気持ち悪い。
彼女は最後にそう悪態をついたが、そんなふうに思っているのはきっとこの女だけだろうとXANXUSは思った。その証拠に、その男はこうして嫉妬されるほど人気があるではないか。
自分が中心でないと気が済まない彼女のようなタイプには、そんな彼が気持ち悪いと映るのだろう。
つまらない話を聞かされ思わずため息をつくと、突然彼女が足を止めた。
「……あれ…」そう呟いて、じっと見つめる視線の先には小さな花屋があった。
色とりどりの花が所狭しと並べられた店先では、エプロン姿の店員が花に水をやっている。
「あいつだ!」
視線を逸らさずそう言うと、彼女はXANXUSの腕を引っ張った。
「なんだ」
「あいつ、あの花屋の店員。今あたしが話したクラスの変人!」
そう言われよく見ると、ひょろりと背の高い男が長い髪を後ろでひとつに纏めている。学校帰りにそのままバイトでもしているのか、白いカッターシャツの上に花屋のロゴマークが入ったブラウンのエプロンを着けていた。
「おい、どうするつもりだ」
なおも腕を引っ張りながら、彼女は振り返って唇の両端をにっと吊り上げた。「いいから、行こう!」
一瞬XANXUSは背中がぞくりと冷たくなるのを感じた。そしてそのまま強引に店先まで連れてこられる。
「ねぇ、」その声に、店員の男がじょうろを持つ手を止め振り返った。
「いらっしゃ…、」途端に彼の表情が固まる。
「あんた、こんなとこでバイトしてるんだ」
何がおかしいのか、にやにやと口元を緩める彼女を、男は呆然と見つめている。
「ね、XANXUS。彼、同じクラスのスクアーロ君。…だったよね?」
「……」
「ごめんね、あんたあんまり人と話さないから名前ちゃんと覚えてなくて」
「……」
XANXUSは、嘲るような笑みをもらした彼女と男を見比べた。
なるほど。この器量では女が嫉妬するのも頷ける。切れ長の涼しげな目元と、絵に描いたように美しく通った鼻梁の下には形のいい唇。それらどのパーツをとっても、この女に勝ち目はなさそうだ。
「もしかして教室の鉢植えに水をあげてるのって、このバイトの影響?」
今にも声をあげて笑いだしそうな彼女を前に、男は依然黙ったまま。
XANXUSがいい加減にしろと言いかけたその時。
「ねぇXANXUS、この店にあるバラ全部買って!」
「あぁ?」彼は耳を疑った。何を言い出すのかと思えばバラを全部とは一体…。
「おねがい。誕生日だしいいでしょ?あとでホテルのバスタブいっぱいにバラを浮かべて一緒に入ろう」
「……」
上目遣いで猫なで声を出しながら、今にも抱きつかんばかりの彼女は、黙ったままのXANXUSに痺れを切らしたのか、男に向かって言った。
「お店にあるバラ全部買うから大きな花束にして」
すると、それまで一言も話さなかった彼がゆっくり口を開く。
「悪いが、あんたらに売るバラはねぇよ」
「なっ…!!」
彼女の頬がみるみる紅潮し、唇が小刻みに震えだした。
「ちょっと!あんた自分が何言ってるのかわかってるの?!あたしたちは客よ!そんなこと言っていいと思ってんのっ?!」
ヒステリックに叫ぶ声が怒りで震えている。
「客かもしれねぇが、みすみす湯に浮かべられるのがわかっててうちの花は売れねぇ」
「…ッ、ばっ、バカじゃないの?客が買った花をどうしょうがあんたに関係ないでしょ、バイトのくせに。店長出しなさいよ!」
「店長は今配達に出てていねぇ」
男が淡々と答えると、彼女は引きつった笑いを浮かべながらXANXUSを見た。
「ね?言った通り変人でしょ?変人で生意気。XANXUS、いいからバラを全部売るように言って!」
黙って店員の男を眺めていたXANXUSは、おもむろにボトムのポケットから財布を出すと中から数枚の札を抜いた。
そしてそれを彼女の目の前に差し出す。
「……え?」
「これを持って他の花屋に行け。好きなだけバラを買えばいい」
「な、なに言って…」
「さっさと失せろ」
「XAN……ッ」
伸ばした手を振り払われ、ふらふらと後ずさる彼女に、XANXUSは恐ろしく静かな声で言った。
「誕生日おめでとう。二度と俺の前に現れるな」
「悪かったな、店先で」
呆然と一部始終を眺めていた店員は、その言葉で我にかえった。
「いや…、オレの方こそ…。いいんですか?追いかけなくて」
「あぁ。かまわねぇ。それよりあんた、スクアーロ…だったか」
「はい」
「ひとつ花束を作ってくれ」
「え?」彼は驚いたようにXANXUSを見た。彼女を振ったすぐだというのに花束とは…。
「花の種類はあんたに任せる」
「……わかりました」
そう答えると、男は店内にある花の中から数種を選び、テーブルの上で作業にとりかかった。同じ種類の花でも微妙に色や形が違うので、何度も確認しながら黙々と花束を仕上げていく。
しばらくしてXANXUSは、花びらに触れる彼の細い指先や、真剣な横顔に見とれている自分に気づいてハッとした。それどころか胸のあたりが熱くなり、鼓動まで高鳴ってきた。
男相手に何を興奮しているのだと戸惑っていると、出来上がった花束を抱えた彼が目の前に立った。
「お待たせしました」
XANXUSには、ひとつひとつの花の名前はわからなかったけれど、淡いブルーと白でまとめられたそれは、凛としていて清々しい美しさだった。
「オレの趣味で選んだから…。これで大丈夫ですか」
「ああ、気に入った」
そう答え、代金をテーブルの上に置くと、「お釣りを…」と、持っていた花束を手渡そうとした彼にXANXUSは言った。
「これをもらってくれ」
「え?」彼はポカンとXANXUSを見つめる。
「誕生日なんだろ」
「ど、どうしてそんなこと…。だめです。知らない人からもらえません!」
それを聞いて思わず吹き出しそうになる。
「知らない人か。だが仕事の邪魔をしちまったし、受け取ってくれるとこっちの気持ちがおさまるんだが…、それでもだめか」
穏やかな口調でそう話すXANXUSを前に、彼は頑なに拒むのは申し訳ないような気持ちになり、差し出していた花束をそっと胸元に抱えた。
「…じゃあこれ、遠慮なく。――実はオレ、誰かに花束もらうなんて初めてで…」
「俺も男に贈るのは初めてだ」
2人は顔を見合わせて微笑んだ。
「…また来てもいいか」
「もちろん。これから花がいっぱい増える季節だし、サービスするぜ」
思わず普段の言葉使いが出てしまった彼は、しまったという顔をした。
けれどその時XANXUSは、これから買う機会が劇的に増えるであろう花々をどうしようかと考えている最中で、まるで気づいた様子はなかった。
end
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