03/10の日記

19:27
雪のよる
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 スクアーロがハンドルを握る黒のセダンが高速を降りる頃には、今年はじめて降った雪はもうすっかりやんでいた。
一般道と合流する信号で停車した時バックミラーに目をやると、後部座席のXANXUSは眠っているのか深々とシートに身体をあずけ微動だにしない。

 本来ならXANXUSの送迎は若手隊員の役目と決まっていた。けれどスクアーロは「今日はオレが行くから」と、半ば無理やりキーを奪って車に乗りこんだ。
そうして待たされるのを嫌う彼の為に早めに出たのだが、思ったより道路が空いていて予想以上に早く目的地に着いてしまった。
スクアーロは以前、この屋敷の前まで来たことはあったが敷地内に入ったことはない。
小雪の中、少し考えたあと門を入りエントランスの脇に車を停めた。

運転席の窓から見える手入れの行きとどいた庭は、既に白い絨毯を敷いたようになっていて、日中の晴天が嘘のようだと彼は思う。そしてふと、夕方着替えをしていたXANXUSが独り言のように呟いた言葉を思い出した。
「冷えるな」
…もしかすると初雪が降るぐらいなのだから、晴れてはいてもいつもより気温が低かったのかもしれない。ほんの少しの寒暖の差にも敏感に反応する彼は、ああ見えてとても繊細なところがある。それに比べて自分は、そういったことにまるで無頓着だ。
そんなことを思い、スクアーロの口元は無意識に緩んだ。

 しんしんと降る雪をしばらく眺めていると、エントランスの扉の奥から笑い声が聞こえ、数人の男女が姿をあらわした。その中にXANXUSの姿を見つけたスクアーロは、即座に車を進めると、運転席から降りて彼らに向かって会釈をした。
ところが隊服ではなくスーツ姿だったため、ファッション誌の男性モデルのような“運転手”の登場に、その場にいた皆が一瞬目を見張る。
けれど当の本人は、そんな視線を気にもとめず、後部座席のドアに手を掛けた。
「お迎えに参りました」
極めて事務的な口調でそう言うと、美形の運転手は主人の為にドアを開ける。

 XANXUSはまず、スーツよりも何よりも、スクアーロが自分を迎えに来たという予想外の出来事に少なからず驚いた。が、すぐに何事もなかったように車に乗ろうとする。

「XANXUS様、お帰りになられたらお電話してくださいね」

上品な淡いベージュのワンピースに身を包んだ娘が、背後から声をかけた。
すると彼女の隣にいた初老の男が呆れたように口を開く。

「おいおい、今一緒に食事をしたばかりなのに、また声を聞かせろというのか」
「だってパパ、こんなに雪が積もっているし、心配なんだもの」
「あなたの頭の中は彼のことでいっぱいなのよね」

彼女とどことなく似た、大粒のパールのネックレスで胸元を飾った女性がそう微笑んだ。

けれどXANXUSは彼らの声に振り向きもせず、曖昧な返事だけを残し車に乗りこんでしまう。
スクアーロは一瞬ためらったあとドアを閉め、「失礼します」と言い残し運転席についた。外を見ると、娘がスモークガラスの窓に向かって手を振っている。
「お気をつけて、XANXUS様」


「…窓、開けなくていいのかぁ」
「さっさと行け」

XANXUSの命令にため息をついて車を発進させる。バックミラーには、まだ手を振り続ける彼女の姿があった。



「XANXUS様、か…。あの娘、あんたみたいな無愛想な男のどこが良かったんだか」
「なぜてめぇが来た」
「え?…まぁ、ヒマだったしなんとなく…。そんなことより高速が通行止めになってなきゃいいがなぁ」
「……」

それっきりXANXUSは口を閉ざした。




 スクアーロは、未だにXANXUSがあの娘と結婚するという事実が信じられない。
いや、別にあの娘だからというわけではなく、XANXUSが誰かと共に人生を歩んでいくことを決めたという事実が。
こうして間近にいても、彼が1週間後に挙式を控えているとはどうしても思えない。けれど来週には2人が法律上夫婦になるのは紛れもない真実だ。
 きっかけは、名のある議員の娘がどこかでXANXUSを見かけて一目惚れしたとかいう、そんな話だった。
最近は若い頃と違い、否応なく横の繋がりも重視せざるを得なくなっていたXANXUSは、人づてに会って欲しいと頼まれればよほどのことがない限りその申し出を承諾するようになっていた。
けれどそれはあくまで形式的なもので、誰も彼が本気で結婚を考えているなどと思っていなかった。  
 だからスクアーロも人から彼が婚約を決めたと聞いた時、悪い冗談だと鼻で笑った。あいつが他人にすすめられた女を気に入るはずがないだろうと。
とはいえそれを本人に確かめることができず、一度だけXANXUSを乗せた車を尾行した。
すると彼はスクアーロの知らない屋敷で、見たこともない娘に迎えられ邸内に姿を消した。
スクアーロはそんな光景を目の当たりにしても、夜になって帰ってきたXANXUSに何も聞けなかった。そして聞けないまま、今日までずるずるときてしまうことになる。

 彼は別に、今さら女と別れろだとか結婚をやめろなどと言うつもりは毛頭ない。もしXANXUSが妻を持ったあとも自分との関係を続けたいと思っているならそれでよかったし、そうでないならそれはそれで構わない。いわゆる大人の都合のいい関係でいい。そんなふうに考えていた。
要はXANXUS次第だと。
ただ、他人からではなく彼の口からすべてを聞きたくて、こうして今日迎えにきた。
 
 けれど肝心な話が何ひとつできないまま、車はしばらく一般道を走ったあと、アジトである城に続く山道に入った。
そこは私有地であるので他に車は一台もなく、道路の片側は崖になっていて、眼下には一面の海が広がっている。
その真っ暗な雪道をヘッドライトの灯りだけを頼りに慎重に進む。この速度だとあと少しで城に着いてしまうが、スクアーロは高速を降りたあたりから眠っているXANXUSを起こすことをためらっていた。

―果たして自分が聞こうとしているのは、彼の眠りを妨げてまで耳にしたい言葉なのだろうか。しかし反面、どこかでケジメをつけたがっている自分がはっきりさせろと背中を押す。
 そんなことを考えながら運転していると、不意に唇から言葉がもれた。

「――死にてぇ」

「だったらつきあってやる」

スクアーロは思わずブレーキを踏んで後ろを振り返る。

「ッ、起きてたのか!」
「そのままハンドルを切れよ」

微かな室内灯の明かりに照らされた彼は、暗闇の先にある崖の方向を見つめながらそう言った。

「ばっ、何言っ…、できるわけねぇだろ」
「てめぇはいつもそうだ。口ばっかりで何ひとつまともにできたためしがねぇ」
「…!」

「――俺が一緒に死んでやるって言ってんだ」

そうはっきり告げられる。
その静かな物言いと、スクアーロをまっすぐ見つめる視線が本気なのだと物語っていた。
途端に彼は言いようのない恐怖に襲われた。
それは死への恐れではなく、自分は嫉妬しているのだと思い知らされ身体が震えた。
…認めたくなかった。
婚約を知ってから、すべてはXANXUS次第などと、ずっと自分自身についてきた嘘が一瞬にして剥がれ落ち、見ず知らずの女に彼を奪われることが怖くて今にも叫びそうになる。


「…ほんとに、いいのか」

喉の奥から絞り出すような声で呟くと、XANXUSは短く「ああ」と答えた。

それを聞いたスクアーロは前を向き、ブレーキペダルから足を離してアクセルを踏むと、車は緩やかなカーブの道をまっすぐに進みだした。
すると目の前にあった白い道はすぐに視界から消え、代わりにヘッドライトの向こうに暗闇の世界が広がった。
スクアーロの心臓は激しく脈打ち、力が入りすぎた指先が小刻みに震えだす。 
―あの深淵にXANXUSと2人、沈んでゆくのだ。永遠に…。

 けれど前輪の一部が宙に浮いたのを感じた瞬間、彼はほとんど反射的にブレーキを踏んでしまった。
そしてハンドルを強く握ったまま、大きく肩を上下させ深く息を吐く。


「――腰抜けが」

背後から浴びせられた冷ややかな言葉に反論もせず、蒼い瞳はただ目の前にある闇を見つめる。

―わかっていたはずなのに。彼を道連れになどできるはずがないことを。

「てめぇの覚悟なんざ所詮そんなもんだ。だからいつまでたっても欲しいものさえ手に入らねぇ」

XANXUSは非難を続けながら、けれどスクアーロが自らの命が惜しくてブレーキを踏んだわけではないことを知っていた。

「――てめぇは底なしのカスだ」



 あとはただ、エンジンの音だけが響く中、スクアーロは機械的にギアをバックに入れると、ゆっくりアクセルを踏んだ。
彼はそれから一度も口を開くことはなく、後部座席のXANXUSからはその表情を確かめることができなかった。











『ボス、起きてる?』

遠くから自分を呼ぶ声がして、XANXUSはうっすらと目をあける。
『ボス?』寝室の外から聞こえるのはルッスーリアの声だった。

「あぁ、なんだ」

ベッドから身体を起こして時計を見ると、午前5時を少しまわっていた。いつの間にかストーブが消えたらしく、冷えた空気が頬をさす。

「何かあったのか」

XANXUSはローブを羽織りながら、部屋に入ってきたルッスーリアに尋ねた。
突発的に起こった事案は、よほどのことがない限りまず次官であるスクアーロに報告され、ほとんど彼が適切に処理するのでXANXUSがこんな早朝に起こされることは滅多にない。

「起こしちゃってごめんなさい。スクアーロがいないものだから」

やつがいないとはどういうことだと問いかける間もなく、彼は続ける。

「たった今連絡が入ったんだけど、ボスの婚約者のお嬢さん…、亡くなったらしいわ」
「……」XANXUSの脳裏に昨夜別れた彼女の姿が浮かんだ。

「詳しいことはまだわからないけど、朝方悲鳴が聞こえて家族が彼女の部屋を覗いたら…」
「死んでたのか」

ルッスーリアは黙って頷いた。

「それでね、昨日は雪が降ったでしょ?だから庭に足跡が…」
「…!」

そうだ、昨夜あの庭は一面雪で覆われていた。まさかそこに足跡を残すなど、そんな素人同然のミスを…。

 珍しくXANXUSは狼狽した。
きっとその足跡からすぐにあるブーツが割り出されるだろう。それが誰もが容易に入手できる量販店の物なら所有者を探しあてることは困難だ。けれど、特定の人物の足形に合わせて作られたオーダーメイドの物なら、いとも簡単に所有者である“犯人”にたどり着いてしまう。

「ボス、話は最後まで聞いてちょうだい」

XANXUSの心中を察したかのように、ルッスーリアは手で落ち着いてというふうな素振りを見せた。

「足跡は残っていたそうだけど、警察が来るまでにまた降ったのよ、それまでやんでいた雪が。きっと家中大騒ぎだったんでしょうね。誰も足跡を保存することまで気がまわらなかったらしくて…」

そこで頬が少し緩む。

「ボスも行った方がいいんじゃないかしら。一応婚約者だったんだし」
「…そうだな」
「じゃあ、あちらにボスが伺うって伝えておきますね」

そう言って出て行こうとしていた彼が、突然足を止め振り返った。

「やっぱりスクアーロには神様でもついてるのかしら」

「…死神の間違いだろ」

 XANXUSの唇には微かな笑みが浮かんでいた。











end
3/10

――――――――――――

定期的に愛情を試したくなってしまう…
そんな究極のかまってちゃんのせいで人は死ぬし、精神的に追いつめられたベテラン暗殺者は初歩的なミスを…><;

でも憎めない!
みんなわがままなさびしんぼうが大好きなんだもの

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