08/05の日記

20:23
奥さまは17歳#4
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【奥さまは17歳#4】

(※新刊のために今までの分を書き直したので、以降書き下ろし部分の話の流れ等、若干繋がりがおかしいかもしれません。あと「#3」はSSにあります)






 それから数日はあっという間に過ぎてしまい、休みの間ほぼ引きこもり生活だった先生は、四日から仕事に行った。
最後の日の夜、伸ばし放題だった髭を剃ってる先生を、バスタブの中から眺めながら、次は春休みまでこの髭面を見られないのかとおもうと、ちょっと残念だった。

先生が学校へ行ってる間、友だちと会ったり、たまった家の事をこなしてるうちに、元々短い冬休みはすぐに終わり、新学期がはじまった。
三年は受験と卒業を控えてほとんど登校しないし、先生たちもなんだか慌ただしくしているようで、この時期の校内には普段とちがった空気が流れてる気がする。

そういえば、年末のあの一件で、クラスの奴らを呼び出すって言ってたこと、忙しくて忘れてるのか、それとも大目に見てくれたのか、とにかく新学期がはじまって二週間近く経っても何もなくて、オレは内心ほっとしてた。


 そんなある日、友だちと二人で渡り廊下を歩いてると、中庭で三年生の女子が写真を撮ってるのを見かけた。すでに進学が決まった生徒は、こうやって学校に来て記念写真を撮ったり、クラブに顔を出したりしている。

賑やかに笑いあう彼女たちの横を通り過ぎようとした時、その中の一人が声をあげた。

「あー、そこの男子二人組!」
「…え?」

まさか声をかけられるなんておもってもいなかった友だちは、周りをキョロキョロ見渡したあと、人差し指を自分の鼻にあてる。

「オレたちっすか?」
「そうよ、他にいないでしょ!」

いわゆる肉食系の、気の強そうな女子にめっぽう弱いそいつは、途端に顔をほころばせた。きめぇよ…。
てっきりシャッターでも押してくれと頼まれるんだとおもってると、彼女が突然オレの名を呼んだ。

「スクアーロくん、だよね?」
「へ?」

ほころばせていた顔が一転、奴は目を見開いてオレを見る。

「そうですけど…」
「ねぇ、良かったらこの子と一緒に写真撮ってくれないかな?」

彼女はそう言って、隣にいた女の子をぐいっと前へ押し出した。

「や、ちょっと!」

背中を押された彼女が、困ったように後ろに下がろうとすると、周りにいた他の子たちがそれを阻止しようとする。
何がなんだかわからなくてその様子を見てたら、いきなり隣で奴が答えた。

「いいっすよ!」
「は?なんでてめぇが答えるんだぁ」
「いいじゃん!減るもんじゃねーし」

「ねっ、だめかな?」

早くしろと言わんばかりに、カメラを揺らして見せる肉食系女子の笑顔に、有無を言わせぬ威圧感が漂っている。

「いや、大丈夫…」

そしてオレは、その三年の女の子と並んで写真を撮った。けど、それを取り巻く女子たちのテンションが異常に高くて、正直ちょっと怖かった。


「ありがとう。この写真、大切にするね」

写真を取り終えると、彼女はそう言って微笑んだ。





「なぁスクアーロ。おまえさー、顔もいいし、性格だって悪くねぇのに、なんで彼女いねぇの?」

教室に戻る途中、勝手に返事したバカが突然そんなことを言いだした。

「はぁああ?なんだよ急に」
「いや、いつも不思議に思ってたんだって。――さっきの、」
「?」
「さっきおまえと写真撮ったあの人、おまえが入学した時から好きだったらしいぜ」
「え…」
「その気になったら彼女なんてすぐできそうなのによぉ、…あ、おまえもしかして男が好きなの?」
「ばっ、てめっ!」

心臓が…、止まりかける。

「冗談だって、でも不思議だよなぁ…」
「つーか、そんな話いつ訊いたんだぁ」
「おまえが写真撮ったあと、姉さんにメアド教えてもらってな、その時」

語尾に「♪」マークがつきそうで、しかも「姉さん」ってなんなんだぁ。こいつの手の早さは有名だけど、まさかあの一瞬で…。オレは呆れて、けどちょっと感心もして、嬉しそうな奴の横顔を眺めた。



「うわっ!」
教室に入った途端、何人かで固まってる集団がいて、ぶつかりそうになる。…邪魔なとこでたむろしやがって。
オレはそのまま通り過ぎたが、一歩遅れて入ってきたあいつが首を突っ込む。

「なになに?なんの話?!」

まったくすぐに釣られやがって。
奴を残して席に座ると、携帯で今晩の献立のレシピを検索する。お気に入りに入れてあるこのサイトは、一人暮らし初心者や新婚さん向けっていう少人数の料理が多くて、いつも助かってる。新婚さん向けってのに最初抵抗あったけど、先生も美味いって褒めてくれるようになったし、オレ、卒業したらシェフの道に進むって手もあるかもなぁ。
寒いから今夜は煮込みハンバーグにしようと決めて、帰りに買い物する食材をメモに打ちこんでると、奴が戻ってきた。

「おぃ、スクアーロ、ニュースだぜ!」
「うるせぇな」
「あいつ、ほら親がPTA会長のあいつが言ってんだけど、来年うちの学校に姉妹校ができるみてぇでさ、」
「だからぁ、どうでもいいだろ、んな話」

オレが興味あろうがなかろうが、そんなことお構いなしに奴は続ける。

「その新設校の学園長に、XANXUSが大抜擢されたんだってよ」

「………………は?」

「いや〜、びっくりだろ!XANXUSってまだ三十代だよな?理事長の甥だってのは噂で聞いてたけど、まさか学園長ってなぁ。最近あいつ授業以外であんまり見かけなかったのはそのことで色々…、っておい、スクアーロ?」
「……うそだ…」
「え?うそじゃねぇだろ。あいつの親がこないだの総会で理事長から直々に聞いたらしいし、けどXANXUSがまだ独身だからって、嫁さんを探す、」
「んなことどうだってかまわねぇっ!」

いきなり大声を出したオレに、クラス中の視線が集まった。奴は目の前でぽかんとオレを見つめる。

「な、なんだよ、どうしたんだ?オレなんかまずいこと言ったか?」
「その…、学校の理事長になるってことは、先せ…、XANXUSはこっちを辞めるってことかぁ」
「辞めるんじゃなくて、移動だろ。てかおまえなんなの?大丈夫か?」

奴は怪訝そうな顔で、たった今オレが落としてしまった携帯を拾って机に置いた。

何も考えられなかった。
そんな話、一言だって聞いてねぇ。毎日一緒にいるのに、なんで先生はそんな大事なことオレに黙ってたんだ。こんなこと、他人の口から聞かされるような話じゃねぇだろ。
―オレのこと、ガキ扱いしやがって…!
悔しくて悲しくて、オレは今すぐ先生をつかまえて、事実を確かめたかった。



 その晩、いつも通りに帰ってきた先生は、やっぱり何も言わなかった。
食事の時、「最近変わったことないか」ってそれとなく話を振ってみたけど、「別に」ってはぐらかされて、かわりにハンバーグが上手くできてるって褒められた。けど…、そんなの全然嬉しくねぇ。

後片付けが済んで洗濯物をたたんでると、風呂から出てきた先生がソファーに腰をおろした。
いつもなら、すぐになんか飲むかって訊くところだけど、今日はそんな気分じゃない。オレは黙々と作業を続け、微妙な空気が流れる。
すると…。

「おい、スクアーロ」

名前を呼ばれどきっとする。

「言いたいことがあるんならはっきり言え」

オレの態度がおかしいことに、先生が気づいてたことがちょっと嬉しかった。でもまぁ、いつもは学校であったこととか喋りまくってるのに、今日に限ってなんにも話さねぇんだから気づいて当然か。
ここは回りくどい言い方じゃなく、ストレートに訊くべきか迷ってると、先生が続け様に言った。

「なんだか知らねぇが、そういうガキみてぇな態度をとるな」
「がッ…!ガキで悪かったなぁ!オレがガキだから大事なこと何ひとつ教えてくれねぇんだろ!」

カッとして思わず核心部分を叫んでしまうと、先生は不思議そうな顔をオレに向けた。

「なんのことだ」
「しらばっくれんなぁ!今日、聞いたんだ。今度できる姉妹校に先生が移動になるって。…ほんとなのか?」
「あぁ、本当だ」

あまりにもあっさり認められ、一瞬力が抜ける。

「…な、なんで言ってくれなかったんだよ、もっと前から決まってたことなんだろ」
「決まったのは、おまえとこうなるずっと前だ」
「やっぱりな。しかもあんな遠く…。どうするんだよ、これから!」

新しくできる学校は、今住んでる場所からとても通える距離じゃない。
先生はしばらく黙ってオレを見ていたが、やがて口を開いた。

「俺は向こうに引っ越す」
「!」

予想していたとはいえ、本人の口から聞かされてショックで言葉が見つからない。先生がわざと「俺」って付けた意味をおもうと、背筋がつめたくなった。「俺」は引っ越す。けど、「おまえ」は…。

「どうして…。どうしてそんな大切なこと、もっと早く言ったくれなかったんだ。オレがガキだから言ってもしょうがねぇっておもったのかぁ」
「そうじゃねぇ。おまえがそうやって取り乱すとおもったからだ。仮に早く知ってたからって、何も変わらねぇだろ」

―先生は、なにもわかってない。

「そんなのあんたの勝手な考えだろっ!オレ…、オレも一緒に行く」
「だめだ」

即答できっぱり拒絶され、オレは手にしていた洗濯物を放り投げた。それを見て先生は溜め息を吐く。

「なんで駄目なんだよ!」
「あと一年残ってるじゃねぇか。卒業したら来ればいいだろ」
「一年?…いやだ。一年も離れて暮らすなんてオレはいやだ!先生は…、あんたは平気なのか?オレと離れるの。なぁ、どうなんだよっ?!」
「一緒にいたいに決まってるだろ。だがその気持ちを優先させるつもりはない」
「…っ!、な、なんだよそれっ!」

もう、たたんであった分までぐちゃぐちゃで、周りには洗濯物が散乱していた。冷静にならないとっておもう反面、やりきれない気持ちが抑えられない。けど、頭のどこかでは、どんなにオレが喚いても、きっと先生は一人で行ってしまうんだろうっておもいもあって、それを否定したくて口を閉ざすことができなかった。





to be continued

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