頂き物(二次)

□雨の音は世界の静寂
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雨音が強く耳を打ちつけた。

黒く淀んだ空は少しの晴れ間も見せてはくれず、赤に染まる戦場にただ立ちこめている。

周りにいたはずの仲間はいつの間にか地面に倒れ伏し、目から光が消し去られてしまっていた。

「…退く気は、ないのか」

敵は最後の一人、こちらも同じように最後の一人。

お互いに勝利が垣間見えた瞬間だったが、俺はそう問いかけずにはいられなかった。

できることなら退いてほしいと、そんなわずかな望みを胸に。

だが、せんな俺の願いは彼の言葉によって否定される。

「私はここで退くわけにはいきません。例え、貴方と差し違えてでも国を護らなければ…」

小柄な体は雨に濡れて、より一層小さく見えている。

どこか儚げな、それでいて強い意志をたたえた瞳が真っ直ぐ俺を捉えていた。

一つ、溜め息。

もう戻ることはできないあの楽しかった日々に区切りをつける時がきた。

今の俺達は敵同士なのだ。

彼と戦え、迷うな、彼は“敵”なのだから。

「     」

彼が口を僅かに開いたが、雨の音に全て掻き消されて何も聞こえない。

手に掛かる銃をピクリと動かすと、彼の表情が一気に険しくなった。

鞘に収められていた刀を引き出し、こちらに向けて構える。

今までに見たこともないほど俺を敵視する菊の目には、一筋の涙が伝っていた。

「っあぁああ!」

何かを吹っ切るように天に叫んで、銃を構える。

撃て、撃て!俺は撃たなきゃいけないんだ。

震える手で引き金を引くと、彼はそれを容易く刀で弾く。

耳をつんざくような金属音、冷たい雨、迫り来る彼の姿。

視界の隅で刀が光るのが見えた。

ああ、俺は、彼に殺される。

「……っ、」

カラン、と何かの滑り落ちる音。目の前にいるのは泣きじゃくる菊。その手には何も持っていない。

弱々しい目で彼は言った。

「…やっぱり、駄目みたいです。私には貴方は殺せません。ねぇアーサーさん…どうか、」

“私を、殺して下さい”

「何言ってるんだ菊、そんなことできるわけ、」

「私は国を護れなかった。私は、貴方を選んでしまった。…だから、私は責任をとらなければいけません」

手に持っていた銃を、彼の白い手のひらが包み込む。

慌てて銃を引き寄せようとするもそれは叶わない。

菊はそのまま銃口を自分の胸元に当て、

「さようなら、アーサーさん」

死にゆく者とは思えないほど綺麗に微笑んだ。

頭の芯まで響くような銃声と、発砲の衝撃で痺れる手、返り血。

「う…、あぁぁぁあぁあああ!菊、菊!!」

力を失って倒れ込んでくる彼の軽い身体。

その顔は青白く、意外にも酷く安らかだった。

どうして俺を殺さなかった?どうしてそんな風に笑っていられる?なあ菊、返事しろよ、菊。

どれだけ叫んでもどれだけ抱きしめても答えは返ってくることがなく。

雨足はさらに強まり、俺の肩や手足を痛いくらいに打ちつける。

まだ赤みを持った小さな唇に、俺はそっと震える自分の唇を重ねた。

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