土九(原作)
□障子を開ける時は一声かけるべし
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「九兵衛さん、あんた本当に女ですかィ?並の男なら全く歯がたちやせんぜ。土方さんがボロックソに負けたのも分かりまさァ。」
「うるせェ!!」
ボロクソという言葉を強調されて土方は明らかに不機嫌な表情を浮かべ、立ち上がろうとする九兵衛の方を見ると、左の手の甲に僅かに血が滲んでいるのに気付く。
「手、怪我してんぞ。」
そう教えると九兵衛は、傷口を見つけて、
「これくらい舐めとけば治る。」
と言った。しかし土方は、
「手当てしてやる。」
と言うと、顎をしゃくってついてくるように促した。さっさと道場から出て行く土方に、九兵衛はついていくしか無かった。
九兵衛は屯所の廊下を土方の後ろに付いて歩いて行くと、客間に通された。
「救急箱取ってくる。」
九兵衛を一人残して廊下を歩いて行く土方。九兵衛は座卓の前にある座布団に正座をして待つ事にした。
しばらくして手に救急箱を持った土方が戻って来る。後ろ手に障子を閉めると救急箱を座卓の上に置き、九兵衛の隣に胡座をかいた。煙草を取り出すと口にくわえ火をつける。
「あの…。」
九兵衛は土方の方に体を向けると頭を深々と下げる。
「この間は申し訳ない事をした。」
「頭上げろ。」
柳生家でのお妙争奪戦の事を詫びている九兵衛の頭上で、土方の声がした。
「もう済んだ事だ。」
九兵衛は頭を上げ土方の顔をじっと見る。
「怪我はもう大丈夫なのか?」
心配そうに尋ねる九兵衛に、
「もうなんともねーよ。」
と、土方は口元に僅かに笑みを浮かべる。その顔に九兵衛はほっとしたような表情をみせた。
「本当にすまない…。僕もやりすぎた。」
「お前にやられたっつーよりあのケチャラーにやられたようなもんだし…。」
女に怪我をさせられたというのは、土方にとってプライドに傷がつくことになるようだ。
「北大路は君に負けたのがよっぽど悔しかったみたいだ。」
「そうか。」
土方は顔には出さないが少し嬉しそうに返事をする。
「最近ではデザートやフルコースにまでケチャップをかけるようになった。」
「負けたってそっちの話かよ!!」
土方は煙草の煙を深く吸い込み紫煙を吐き出した。
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