その他
□世の中にはやってはいけない事がある
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いつものように日除けの傘をさしながら、定春の散歩から帰ってきた神楽が、万事屋へと続く階段を上ろうとした時だった。
定春が階段の下を覗き込み、「ワン」と一声吠えた。
「定春、どうしたアルか?」
神楽も同じように階段の下を覗き込む。其処には見覚えのある黒い服を着た男が、背中を向けて横たわっていた。
「何してるアルか?」
神楽がしゃがんで膝をつき尋ねると、男はゆっくりと顔を向ける。
「お前は…。」
その男は神楽もよく知っている人物―――
真選組一番隊隊長、沖田総悟。
「…チャ…イナ…か…?」
総悟はハアハアと息をはきながら絞り出すような声で言い、身体を上に向けた。
左の脇腹を押さえている右手は真っ赤に染まり、隊服はその部分だけびっしょりと濡れている。地面には小さな血溜まりが出来ていた。
「大丈夫アルか!!すぐ救急車呼んでくるネ!」
立ち上がろうとすると、左手にぬるりとした感触を感じ引っ張られる。
「こ…こに居…て…くれ…。」
総悟は血だらけの右手で神楽の左手を掴んだまま話し続ける。
「ど…こにも…行か…ね…でくれ…ィ。もう俺…は助か…ら…ねェ。」
「何言ってるアルか。サドらしくないアル!!」
いつもは顔を合わせれば喧嘩ばかりの二人だが、このような場面ではそんなことなどどうでもよく、神楽の瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
総悟は女の子のように綺麗な顔を苦痛で歪めながらも、しっかりと神楽の左手を掴んでいる。
「俺…は…神楽のこ…とが…ずっと好き…だっ…たんで…さ…ァ…。」
「―――――!!」
突然の総悟の言葉に、神楽の心臓はビクンと音をたてて跳ねる。それを知ってか知らずか総悟は言葉を続ける。
「…最後…に名前…を…呼んで…く…れ…ェ…。」
神楽の涙はとめどなく溢れ、頬を伝わり落ちていく。
「…そ…うご…。」
弱々しい声でそう言うと、総悟の右手からゆっくりと力が抜け、だらりと地面に落ちた。
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