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□風車
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「お嬢ちゃん」


木の下から声がした。頬に擦れる葉を憎憎しげに叩きながら、首を捻って視線を下ろした。

声の主は名前も知らないおじいさん。しわしわ顔に、細い目。手には真っ赤な風車。
それを楽しそうにふぅ。ふぅ。と吹いている。からからから。耳に響くその音が、なんだかとっても悲しく思えた。


「お嬢ちゃん」

おじいさんはもう一度あたしに声をかけてから、左手についた杖を使いながら建物の方へと歩いていった。
年季のいった浴衣。
それは渋くて、黄ばんでて。それでもおじいさんにはぴったり似合っている浅葱色だった。


「おじいさん!」


あたしは木をゆっくり降りていっておじいさんが向かった建物の方へ足を進めた。
建物は多分おじいさんの家で、木造の和んだ造りだった。
おじいさんはその家の縁側に腰掛けていて、まだ風車を吹いている。
今度は両手に優しく握りながら。

「やっと来たねぇ」

おじいさんはしわくちゃな顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。

今度は自然の風で風車が回る。赤くて可愛い風車。あたしはおじいさんに手を伸ばした。

「ねぇおじいさん。風車、もう一個ある?」

一瞬驚いたような、そうでもないような。なんとも微妙な顔をしてからおじいさんは自分の持っていた風車をあたしの右手に握らせた。

随分長い間持っていたのか、風車はほんのり暖かくなっていて、これがとても大切な物に思えた。

「お嬢ちゃんは風車好きかい?」

「嫌いじゃないよ」

「だったらこの赤い子をあげよう。お嬢ちゃんの着物によく似合う」





吹いてごらん。おじいさんがそう言った。ふぅ。優しく息を吹きかけると、からから、と、赤い風車が回る。酷く単純な遊びなのに。あたしは昔から風車で遊ぶのが大好きだった。

じっ、と自分の手のひらを見つめてみる。あまり外に出たりしなかったためか、同世代の子よりも少し白い肌。爪は長めで、よく「猫みたいだね」と誰かに言われていた気がする。




あたしと違っておじいさんの手は茶色っぽかった。深いしわには何だか貫禄が見え隠れして、いくつなんだろうとふいに疑問が湧き出た。


「ねぇ、おじいさんは結婚してないの?」

「うーん・・・してないことはないよ」


首を傾げて頭を掻きながらおじいさんは困った風に答えた。髪は白髪が一掴み。申し訳程度、風になびいていた。

あたしはおじいさんの返答に満足できず、風車を青い帯の間に差しこんで、ちょこんと縁側に腰掛けた。










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