アマリリス
□第4章 灼熱の夢
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2009年2月21日
カランコロン
冬もそろそろ終わりというこの時期に、探偵事務所「アマリリス」に珍しく客が入った
「あの…アマリリスってここですか?」
客は扉を開けながらそう訪ねる
女性のようだ
無理もない
この事務所は看板を掲げているわけでもなく、探偵事務所の風貌をしているわけでもない
「ん?あぁ、客か。」
事務所の所長であるライカはゆっくりとデスクから立ち上がるとソファーへと案内した
「コーヒーと紅茶、どちらがいいでしょうか?」
無理して敬語を使っているのがバレバレなライカ
「あ、えーと…イチゴオレ、ありますか?」
そんなライカに負けず劣らず客もマイペースだった
普通、あるはずないのだが、奇遇なことに事務所唯一の従業員であるシオンもイチゴオレが大好きなため、アマリリスの冷蔵庫には大量のイチゴオレが保管されていた
「ふむ…少々お待ちください」
ライカはデスク裏の扉を開け、冷蔵庫をさばくる
お、あったあった
とライカの声が聞こえたかと思うとコップに入ったイチゴオレを持ってソファーの前のテーブルに置いた
「え、あるんですか?」
目を丸くして嬉しそうにイチゴオレに口をつける
「うちの唯一の従業員がイチゴオレ好きでね。大量にあるんですよ。」
やはり怪しい敬語
「さて…仕事の話に入ります。すみませんが、まずは名前を聞かせてもらえますか?私は所長の浅霧ライカです。」
会釈するライカ
「はい、あたしは…」
カランコロン
その時扉が開き、女性客の言葉が遮られた
「ただいま、ライカさん…お客様ですか?」
微妙なタイミングで大学から帰宅する唯一の従業員シオン
思わず振り向いた女性客
二人の目が合い、暫しの沈黙が流れた
「えーと…シオン?」
「えと…リク姉さん、ですか?」
重なる二人の声
「その…お久しぶりです。」
先に切り出したのはシオンだった
「や、久しぶりなんてもんじゃないわよ。家出したかと思ったらちゃんと働いてたのね。」
リクと呼ばれた女性客はシオンに近付き頭に手を置く
「うん、本物だ。良かった、生きてたのね。心配…したんだよ?」
うっすら涙を浮かべ、リクはシオンの頭を撫でた
「元気だった?」
「はい、たぶん元気でした。」
シオンは涙ではなく、笑みを浮かべている
それも、ライカが今まで見たことのないような満面の笑顔を
「えーと、なんだ。水を差すようで悪いのだがシオン、お前の姉妹か?」
「あ、いえ。血は繋がってないんですけど、小さい頃から面倒を見てもらっていて…育ての親というか、お母さんみたいな人です。」
「いえ、姉です。」
シオンの言い分をきっぱりと否定するリク
「あー…あ?」
「あ、すみません。あたしはお母さんって年じゃないってだけです。」
困って意味のわからない音を発してしまったライカにリクは慌てて付け足した
「あぁ、そういうことか。」
ライカは納得したように頷く
「つまりリクさんはシオンの姉のような存在なわけだ。」
「まぁ…そうですね。」
肯定するシオン
いつの間にか自分の分のイチゴオレを持ってきている
「それで、依頼なんですよねリク姉さん。」
「あ、そうね。ライカさん、でしたよね?自己紹介が途中だったので、えと…あたしは夜月リクって言います。」
リクはお辞儀をし、続ける
「依頼と言うのはですね、この廃ビルのことなんです。」
スッと写真を取り出す
「あぁ、一昨日謎の火が上がった建物か。たしか23時頃だったな。」
「そう…みたいですね。たしか発火の原因はおそらく煙草の不始末で、8人の焼死体が発見された火事ですよね?全員顔が焼け爛れていて遺族ですら判別がつかないほど酷かったとかなんとか。」
二人の言葉にリクは頷いた
「でも、おかしいんですよ、この火事。煙草の不始末で廃ビルが燃えたとしたら火は徐々に強くなるはずですよね?でも通報した人は突然ビル全体が燃え上がったように見えた、って」
ふむ、とライカは考え込むとリクに告げる
「火は突然燃え上がっても不思議ではないが、あのサイズの廃ビルともなると全体が瞬間的に炎上するのは確かに妙だが…」
リクを見据えて続けた
「わかった、調査しよう。結果も報告する。だがその前に、知っている事をできる限り教えてくれ。些細な事でいい。」
いつの間にやら敬語は抜けてしまったようだ