アマリリス
□第8章 桜舞い散るその前に
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少年はただ、虚空を漂っていた
体はもう動かない
意識もすぐに途絶えるだろう
しかし、少年はそれを受け入れていた
自分にはもはや何の力も残ってはいない
当然だ、本来の持ち主に返還したのだから
―シオン…あとは、任せた…ぜ…―
そのまま意識を手離そうとしたとき、彼の体を柔らかいものがふわりと包んだ
「え…?」
意識が覚醒する
「やっと見つけたわ。」
聞き慣れた声
気がつくと彼は、桜花の前に立っていた
「案外白も似合うじゃない。」
クスリと笑う桜花
彼を包んだモノ、それはフード付きの真っ白なローブ
「俺は…」
「あ、まだ状況がわかんないか。」
桜花は頷きながら続けた
「結論から言うとね、あなたは生きている。」
少年は言葉を失った
そんなはずはない
自分は確かに死んだのだ
「ええ、あなたの肉体は死んだわ。でも魂は生きている。さっきまで漂ってたあなたの魂を助けてあげたの。」
感謝しなさいな、と小さく笑った
「そうか。ならこの肉体は…?」
「あら、肉体なんかないわよ。今もあなたは魂だけの存在。ただ、そのローブは特別製なの。それを着ている限り、あなたは年を取らないし死にもしない。けど、そのローブだけがあなたをこの世に留めているものだから、脱いだ時点であなたは消えるわ。」
彼女はさらに続ける
「それに、あなたの肉体にあった力も完全に無くなっている。」
言われて気がついた
たしかに自分の体は空っぽだ
返還した力どころか、本来自分が持っていたはずのものもない
「まぁ、でも安心なさい。そのローブはあなたに人知を超えた力を与えてくれるわ。」
「それで、その代償はなんだ?」
わかっている
世の中は等価交換
死んだはずの自分をこの世に留めた上に力まで与えてくれるとなっては、それなりの対価を払わなければならない
「そうね。私からは特にないわ。ローブを着たものは世界の理から外される。」
不老不死ってそういう事でしょ?と桜花は彼に視線を送った
「けど、それを着ている限りローブの意思にだけは逆らえないわ。」
彼は息を飲んだ
「あら、そんなに深刻にならなくてもいいわよ。ローブの意思にどうしても従いたくなかったら、それを脱げばいいだけよ。もっとも…脱いだ時点であなたは消えちゃうけどね。」
何が楽しいのか桜花は顔を綻ばせた
「ま、第二の人生なんとそうそう経験できる事じゃないし、楽しみなさいな。」
「1つ、聞いていいか?」
「答えられる事ならね。」
「このローブは、魔具の一種だな?こんな強力な魔具、誰が…」
言い終わる前に、桜花が答えた
「魔導機関よ。」
彼はそうか、とだけ答えてフードを被る
「言い忘れてたけど、フードは別に被る必要はないわよ。」
彼は振り向き、答える
「いいさ、俺という人間は死んだんだ。顔くらい隠してた方がいい。いろいろとありがとな、桜花。」
そういうと踵を返し、桜花の元から立ち去った
「ふぅ…頑張りなさいな、■■■」
彼女は彼が立ち去ったのとは正反対を振り返る
その目には、シオンの大鎌が愁の“開闢”を切り裂く姿が映っていた
「そろそろ私の出番…ね。」
そしてレイピアを片手に優雅な仕草でその場から離れた