戦国金剛石之本棚

□明智×毛利 中編
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「わからないですね…あなたと私は、所詮同じ…血に飢えた獣…」
「黙れ!!!」

金属音が、元就の耳を打つ。
不快な笑い声に似て、いつまでも離れない。
それが本当に笑い声だと気づく頃には、円月輪は地に落ち、元就もまた地に墜ちた。

鮮血が散る。

「あぁ、綺麗な色…」

悦に入った艶やかな声が、歓喜に湧いている。


腹部の傷からの痛みはない。
ただただ耳障りな音が響いて、
頭が痛い。


痛みがないのは、
痛みを通り越したから?
この音は、
心の臓が上げる悲鳴か?

なんにせよ、

「…我も……死ぬ…のか…?」

人の限界に届いたのか。

死ねるのか…?


「愚かな…」

含み笑いに侮蔑が交じり、元就の神経を逆撫でる言葉が落ちた。

「その傷で死ねるほど、日輪の使いは貧弱でしょうか…」

伸びた手は、無造作極まりなく元就の髪を掴み、一気に引き上げた。

「ぐっ…!」
ずきりと疼くような痛みに顔をしかめ、目の前の白い顔を睨む。

「そんな顔なさらないで…せっかく、こんなにも美しいのに……」

腹立たしいことに、腕には力が入らずだらりとぶら下がったまま動かない。
本来なら、胸ぐらに掴みかかり、一発や二発殴ってやりたいところだ。

「気色の悪いことを言うな」


せめてと思い悪態をつくと、少しの間の後、元就の頬を生暖かい物が撫であげる。

「…ッ…」

妙な感触に背が震えた。

続いて首に。
ねっとりと極め細やかな肌の細部まで舐め尽くすように粘液が絡み、衣服の中までをも侵した。

「うふふ……ふ…」


息がかかるほど近づいてきた唇から少し逃げ、今度は何をされるのか、屈辱感と敗北感と闘いながら思いを馳せるしかなかった。

さっきから、段々と力が入らなくなってきている。
血が足りない。

息が苦しい。
もう、元就にはどうしようも出来なかった。
諦めの印に、固く目を閉じた。

「ッ…」

悔しい…悔しい……

「いい眺めですね…少し、惜しくなって参りました…」

不意に、元就の髪を掴んだ手が離れる。
掴んだ時と同じように、無造作な動きだった。

「ぐっ…が……」

一瞬呼吸が止まり、咳き込むことすらできなかった。
血が足りないと頭が警告を発している。
衝撃で傷口が更に裂け、痺れに変わりつつあった痛みが再び全身に回った。

意識が朦朧とし、身体中の感覚か消えていった。
そんななか、厭らしい含み笑いが聞こえた。

「…はい、おしまいです。」

「終い……?」

薄く目を開け、長身を仰ぎ見る。
先程まで元就を拘束していた指がいずこかを指している。
つられるようにして、元就は自分の腹部に視線を送った。


「…なぜ」
「日輪の使いは、このような傷で死ねるほど生易しい者ではないでしょう…」


少し血は滲んでいるが、傷口からの流血はもうなかった。
白い布が傷口を覆い、完璧な止血が成されていた。

「あなたは惜しい…」

器用にも、あの短時間で鎧を剥ぎ、衣服もはだけさせ、こんなにもきつく布を巻いたらしい。


「死なないでください


私の信長公はもういない…


私は、さみしい…」

「自らの手で、殺したのだろう…?」


傷を開かないようにゆっくりと上体を起こし、問いかけた。

答えの代わりに返ってきたのは、沈黙。

次いで、耳が痛くなるほどの狂いきった高笑い。

「くッ…ふ、ふフッ………ふは、ははハはハははははハははハ……そうか、………ク、クッ…そうでしたね…」


「…………何を、泣く」


元就の問には、ついぞ答えないまま長身の人影は、去っていった。
去り際に、元就の耳元でこう告げて。


「私、明智光秀と申します。いつの日か、毛利元就公をお迎えにあがります…傷を癒し、花嫁修行を怠りませぬよう…」


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