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□piece
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「わあっ!びっくりした」


ひょろりと背の高い中年の男がわたしをだきしめた。中年とは言っても同い年なのだけれど、わたしより頭二つほど背が高いのだ。力学なんてわからないけれど、自分より大きな人に勢いよく抱きしめられて、後ろに倒れるのは自然の摂理である。後ろにベッドがあって良かった。いや、良いのかはわからないけれど。苦笑が漏れる。こんなひょろひょろに押し倒されるなんて。


「もう嫌なんだ…!僕はどうしたらいいんだろう?嫌で嫌で仕方ない」

「また奥さんのこと?子供のこと?でも人狼のこと気にしてないって言うんでしょ、奥さん」

「そうだけど!」

「なあに?わたしに対する嫌味言いにきたの?」


リーマスは力なく、違うと囁いた。それなのに、言葉とは打って変わって、わたしを抱きしめる腕の力は強くなった。また苦笑する。


「……人狼の君なら、気持ちわかってくれると思ったんだよ」

「さあ?夫どころか彼氏もいないわたしにはわからないわあ。残念だったわね」

「そうじゃない。逃げ出している僕をわかってほしい。逃げ出したくなる気持ち、ハナコわかるだろう?」

「若いときにさんざん逃げたものね。だけど今は落ち着いたわ。だから忘れちゃったわ、そんな気持ち」


わたしの乾いた笑い声が響いた。依然として、リーマスの顔は見えない。苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろうけれど。


「はあ、君のところに来た僕がバカだった。傷を抉られるばかりだ」

「知ってるくせに。早く身重の奥さんのところに戻りなさいな。人狼のパパか浮気するパパか、坊やはどっちをのぞむでしょうね」

「……別に浮気じゃない」

「あ、そ」


少し、ほんのほんの少しだけ、正直がっかりした。それから、眉を下げて今日三度目の苦笑を漏らした。固めのベッドに手を突いて、リーマスはわたしから体を離す。固いスプリングが不愉快に鳴いた。


「また来ても良いわよ。また傷を抉ってあげる、なんてね!まあ、来ない方がいいんだろうけど」

「ん、ごめん」


いつも通り謝ったあと、リーマスは玄関を出て行った。見えない手綱の先は、わたしの部屋に落ちている。



満月が沈んだら、繋いだ糸を強く牽いて



end.
20110220


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